伸ばした手の先が[1]
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「お前、あいつとデキてんのか?」

その問いに、俺は危うくビールを吹き溢すところだった。


出先から帰る途中、土方部長から食事に誘われた。
酒を嗜まないこの人から、仕事上がりの食事に誘われるのは珍しいことで、俺は二つ返事で了承した。
土方部長に連れられて入った居酒屋。
烏龍茶を注文した土方部長に倣おうとしたが、遠慮するなと促され、ビールを注文した。

仕事の話をしつつ、最初に注文した料理に一通り箸をつけた頃。
三杯目のビールに口をつけた俺に、冒頭の台詞である。

「な、にゆえ…っ」

盛大に噎せた。
慌てておしぼりを口に当てる。

「何でってお前、こないだのあれ見りゃ誰だってそう思うだろうが」

ようやく咳が落ち着いたかと思えば、更なる追い打ち。
土方部長の言うこないだのあれ、に嫌というほど心当たりのある俺は、一気に熱の集中した顔をそのままおしぼりに埋めたい衝動に駆られた。


先日。
彼女と夜道で口付けを交わしているところを、土方部長に目撃された。
それだけならまだしも、その時はまだ彼女と土方部長が交際をしていると誤解していた俺は、彼女のことを責めないでくれと必死になって土方部長に頭を下げた。
今思い返してみても、途轍もなく恥ずかしい。
あれほどの醜態を晒したことは、これまでの人生で一度もなかっただろう。

「いえ、その、」

人の悪い笑みで俺を見てくる土方部長に、何と説明したものかと言い淀む。

「俺たちはその、決して交際をしているわけでは…」

だが彼女と土方部長が仲の良い友人である以上、ここで俺が下手に隠したところで意味がない。
そう判断し、素直に答える道を選択した。

「はあ?付き合ってねえのか?」

深い紫色の目が、大きく見開かれる。

「あれだぞ?浮気だと思ってたとか、そういうのは抜きにしてだぞ?」
「いえ、あの、本当に。俺と彼女の間には、何もありません」

そう言うと、土方部長は少し長めの髪を乱すように頭を掻いた。

「ったく、なんだそりゃ。あんだけ派手にかましておいて、付き合ってないだあ?」
「すみません」

何故か怒られている心境になり、俺は思わず謝罪の言葉を口にしていた。

「んじゃなんだ、セフレってやつなのか?」
「いえ、身体の関係はありません」

とんでもないと慌てて首を横に振ると、土方部長はますます訳が分からないという顔になった。

「つまり?」
「その、時々飲みに行ったりすることはありますが、それだけです」
「あのキスは?」
「あれは、その…成り行きで、といいますか、」

己でも、随分と杜撰な説明だとは思った。
だが、他に言いようが見つからなかったのだ。

「成り行きってお前…」

土方部長が、どこか憐れむような目で俺を見てくる。
何か誤解をされている気がして、俺は慌てて言葉を探した。

「その、決して無理矢理しようとしたわけではっ、」
「んなこた分かってるよ」

しかし俺の反論は、すぐさま土方部長の言葉に掻き消された。

「あの時の台詞は、あいつを庇うための嘘だろ?」
「は、はい…その、申し訳ありません」

拒絶した彼女に、俺が無理矢理関係を迫った、と。
それは、土方部長から彼女を庇うためについた虚言だった。

「別にそれは構わねえよ。お前がそんなことをする奴じゃねえってのも分かってる」

信頼している、と言わんばかりの言葉に、俺はおずおずと頭を下げる。

「ってことは、だ。なんだ、迫ってんのはあっちか?」
「そっ、それも、違い、ます」

正確には、全てが間違いではない。
最初に口付けを仕掛けてきたのは、彼女の方だ。
だがそのようなことを白状できるはずもなく、俺はしどろもどろになって否定した。

「ったくあいつは、好き勝手やりやがって」

しかし土方部長は、騙されてはくれなかった。
大学時代からの長い付き合いだという関係もあって、彼女のことを良く理解しているからかもしれない。

「だが…あの時の様子からして、満更でもねえんだろ?」

これはどうやら、全てが見抜かれているらしい、と。
俺は、土方部長の視線の前に固まった。



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