その熱に浮かされて[2]
bookmark


唇の隙間から覗いた赤い舌が、俺の胸元を這う。
巧妙に乳首だけを避けて肌の上をなぞる動きに、もどかしさで身体が震えた。

「…は…っ、ナマエさ…っ」

思わず口にした名前。
その途端、刺激を待ち望んでいた場所に尖った舌が当たった。

「あ…っ、」

それまでとは打って変わって執拗に、舌が乳首だけを攻め立てる。
舐め上げられ、舌で突つかれ、かと思えば唇に挟まれ、歯を立てられた。
反対の乳首には唾液を絡ませた彼女の手が伸び、華奢な指先に捏ねられる。

「…ひっ、う……っ、」

時折俺の表情を窺いながらも、決して緩むことのない責め苦に、俺は髪を振り乱して悶えた。
痛いほど張り詰めた下肢が大きく立ち上がり、刺激を欲して震えていた。

「あ、あ、あぁっ、…もう…っ、」

それだけで、彼女には伝わったはずだ。
いやそれ以前から、彼女は俺の欲求を察しているはずなのに。
彼女の舌も手も、俺の乳首だけを攻め立てる。

「ナマエさん…っ、あ、ああっ、も…っ、触ってくれ…っ」

なり振り構わず懇願すると、ようやく彼女が上体を起こした。
彼女の視線の先、すでに先走りを零して震える俺の欲望。
それを認め、彼女はふ、と笑った。
その表情だけで、身体が微かに跳ねる。

彼女はそんな俺を見下ろしながら、唾液に濡れた左手の指を咥えてしゃぶる。
その指になりたい、と。
馬鹿げたことを考えた途端、そういえばいつも、煙草の代わりに彼女の唇に咥えられたいと望んでいたことを思い出した。

早く、俺の欲望を慰めてくれ。
煙草のように、その唇に咥え吸ってくれ。
俺の欲望を、煙のようにその体内に取り込んでくれ。

早く、この熱を、解放してくれ。

彼女は再び髪を掻き上げ、ゆっくりと前屈みになった。
間もなく与えられるであろう快楽に期待し、腰が勝手に揺れる。
彼女の紅い唇が、徐々に俺の下肢へと近付いていく。
もう、今にも触れそうだ、と。
そう思った瞬間。

俺は、全ての熱を吐き出していた。




「斎藤っ…おい、斎藤!」

不意に飛び込んできた、土方部長の声。
はっとして振り向けば、オフィスの奥、土方部長が眉間に皺を寄せて俺を見ていた。
恐らく何度か呼ばれていたのだろう。

「あ…っ、失礼しました」

俺は慌てて椅子から立ち上がり、しかし感じた下半身の違和感に思わず前屈みになった。
今朝の出来事を思い返すうちに、反応してしまった熱。
俺は覚束ない足取りで、土方部長のデスクまで歩み寄った。
そこにもう、彼女の姿はない。
いつの間にか話は終わり、彼女は自分の部署へと戻ったのだろう。

「おい、大丈夫か?真っ赤な顔しやがって。風邪か?」

先ほどとは打って変わって心配げに覗き込まれ、俺は焦って顔を上げる。

「いえ、問題ありません」

偽りでしかない返答だが、まさか本当のことなど白状できようはずもない。
下半身の状態を悟られては一巻の終わりだ。
暴れる鼓動と熱を抑え込もうと、細く長い息を静かに吐き出す。

「…外に出るが、お前行けるか?何なら他の奴に、」
「大丈夫です、ご一緒します」

まさかこのような不埒な理由で仕事に支障をきたす訳にはいくまいと、俺は必死で思考を切り替えた。

「…ったく、無理すんじゃねえぞ」
「お気遣いありがとうございます」

10分後に出ると告げられ、俺は支度をしようと土方部長に背を向けた。
己のデスクに戻るべく、一歩を踏み出したその時。
正面に見えるオフィスの出入り口の向こう、彼女の姿があった。

「っ、」

息を飲んで立ち止まった。
俺を見つめる彼女と、数メートルの距離を隔てて視線が絡み合う。
呼吸が浅くなる。
失いかけた熱が、再び背筋を駆け上がる。

視線の先、彼女がふ、と笑った。
それは、今朝方の夢に見た彼女の笑みそのものだった。

「あ……」

思わず漏れた声。
それと同時に、彼女の方が先に視線を外した。
その姿が、廊下の向こうに消える。

俺は唇を噛み締め、その残像を見送った。
体内に燻る熱は、一向に冷める気配がなかった。




その熱に浮かされて
- 溶け合いたいと、切に願う -




prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -