その熱に浮かされて[1]R-18「ヒロイン×斎藤」の傾向が強いです。苦手な方は閲覧をお控えください「トシ君、いるー?」
定時5分前。
突如オフィスに響いた声。
振り返らずともその声の主が誰であるかを悟った俺は、あまりのタイミングの悪さに硬直した。
何故。
何故いま、彼女がここにいるのだ。
商品開発部の彼女が、経営企画部のオフィスを訪ねて来ることなど、ほぼ皆無に等しいというのに。
何故よりによって今日、このような珍事が起こるのだ。
俺は今日、彼女に高確率で会える喫煙所には一度も足を運ばなかった。
万が一廊下で偶然すれ違うことのないようにと、極力オフィスからも出なかった。
日頃、一目見たいとその姿を探しているときは、その願いに反してなかなか会えぬというのに。
会いたくないと思っている時に限って会ってしまうのは何故か。
「おう、入れよ」
とてもじゃないが顔を上げることなど出来ぬ俺は、デスクに肘をついて俯いた。
その後ろを、彼女が颯爽と通り過ぎて行く。
真後ろの空気が揺れた瞬間、俺の鼻孔に届いた微かな煙草の匂い。
それはいとも容易く、俺が意識して封じ込めていたはずの記憶を鮮明に甦らせた。
「…っ、は、」
常にない解放感を覚えた気がして、目が覚めた。
しかしその感覚とは裏腹に、ベッドに横たわった己の身体はひどく気怠かった。
全身を支配する倦怠感に眉を顰め、身動ぎすると、下肢に纏わり付く不快な湿気に気付いた。
掛け布団を捲り、起き上がる。
その動きに合わせて、不快な湿気も追ってきた。
明らかに、下着の中が濡れている。
そのことに思い至った瞬間、俺は硬直した。
「……な、んだと…」
恐る恐る、寝間着代わりのハーフパンツとボクサーパンツの履き口に纏めて指を掛ける。
そこには、どう見ても明らかな射精のあとがあった。
茫然自失とは、まさにこのことだ。
昨夜就寝の前、自慰に及んだ覚えはない。
そもそもこの形跡は、一晩経った後のものではない。
まさか、この年にもなって夢精したというのか。
愕然たる事実に行き当たった瞬間、俺は突如、目が覚めるまでに見ていた夢の内容を漏れなく正確に思い出した。
俺に触れていたのは、ナマエさんだった。
互いに一糸纏わぬ姿で、同じベッドに入っていた。
俺はシーツに背中を埋めており、彼女はそんな俺の上に覆い被さっていた。
彼女の長い髪が、俺の胸元を擽る。
その微かな刺激にさえ、俺は身体を震わせた。
「……っ、」
口から漏れる呼気が、知らずのうちに荒くなる。
俺のそのような状態を分かっているのか否か、彼女は唇に弧を描いて俺を見下ろしていた。
その紅い唇に、視線を奪われる。
「物欲しそうな顔」
揶揄するような口調に、羞恥心が沸き起こる。
だが俺が反論しようと口を開いた途端、言葉は彼女の唇に吸い取られた。
重なった唇は熱く甘美で、艶やかだった。
今となっては嗅ぎ慣れた煙草の匂いが、脳内を支配する。
気が付けば歯列を割られ、舌を絡め取られていた。
「…ん、……ぅ…」
唇の端から漏れる、くぐもった声と卑猥な水音。
呼吸が苦しくなるほど貪られ、ようやく熱が離れた時にはすっかり息が上がっていた。
身体の芯が、甘く疼く。
遠ざかる紅を、無意識のうちに目で追いかけた。
彼女は艶やかな髪を掻き上げながら、唇を濡らす唾液を彼女自身の舌で舐めとる。
その動きに、下肢が大きく脈打った。
その手に、触れられたい。
その舌に、舐められたい。
その唇に、咥えられたい。
下肢に集中した熱が、今度は逆流するかのように背筋を這い上がって全身を駆け巡った。
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