一目惚れ連鎖[3]
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「土方様は剣道をなさっているとお伺いしましたが、」

俺の隣を歩く彼女が、黙り込んだ俺に再び話題を提供してくれる。

「ああ。…いや、その、」
「はい?」
「その土方様ってえのは止めてもらえねえか。様付なんざ慣れてねえんだ」

そう言えば、彼女は少し驚いたように俺を見上げて、そして柔らかく微笑んだ。

「分かりました、土方さん」

向けられた笑顔に、心臓が高鳴る。
初めて女を抱いた時ですらこんなに緊張しなかったはずだと、掌に滲んだ汗をスラックスで拭った。

「それで、その、剣道の話だったな」
「はい。かなりの腕前だとか」
「そんなんじゃねえよ。さっき一緒にいた、近藤さんの方がずっと強えんだ」

よくよく考えてみりゃあ、間抜けな話だ。
なんで自分の見合いで、他の男を褒めなきゃなんねえ。
だがその時の俺は、自分が何を喋ってるかなんざ碌に分かっちゃいなかった。

その後も、俺の全く気の利かねえ話に文句をつけることも不満を顔に出すこともなく、彼女は隣で笑っていてくれた。
途中からは石造りの腰掛けに並んで座り、ぎこちないながらに言葉を交わした。
まるで中学生の恋愛かと思うほど緊張し、まともに顔も見れやしなかった。
過去の見合いでは早く過ぎろと念じていたはずの時間が、止まってほしいと思う今回に限りあっという間に流れていって。

「もしかして、随分と時間が経ってしまいましたか?」

会話の切れ目にそう問われ、腕時計を見ればすでに見合いの開始から2時間が経過していた。
食事の用意されていない見合いとしては、長すぎるほどだ。

「すまねえ、気がつかなかった」
「いえ、私こそすみません。長い間お引き止めしてしまったようで」

戻りましょうか、と彼女が立ち上がる。
そして俺を振り返り、まるで当たり前とばかりの口調でこう言った。

「このお話は、此方からお願いをしたものです。私からはお断りが出来ませんので、申し訳ないのですが土方さんの方から断りを入れて頂いてもよろしいでしょうか」

その瞬間、俺は唐突に理解した。
このままでは終わっちまう、と。
そう悟った途端、俺は思わず立ち上がり、彼女の腕を引いてその身体を抱き寄せていた。

「きゃっ、」

よろけた彼女が小さな悲鳴を上げる。
見合いで初めて出会った相手に対して、やっちゃならねえ行為だと分かってはいた。
だが、どうしても彼女を逃したくなかった。

「すまねえ、」
「…い、いえ、あの…」

明らかに戸惑った様子の彼女をきつく抱きしめ、俺は覚悟を決めた。

「正直に話す。…元々俺に、そのつもりなんざなかった。顔を出すだけ出して、適当に切り上げて帰るつもりだった。だが、」

少し腕の力を緩め、その顔を見つめる。

「だが実際に会って話してみて、俺はお前に惚れちまったみてえだ」
「……え?」

視線の先、彼女が目を瞠った。
戸惑ったように揺れた瞳に、頼むから断ってくれるなと柄にもなく祈る。

「この話、俺は断るつもりはねえ。お前は…どう思う、」

情けなくも震えそうになった声を振り絞り、彼女に投げかければ。
少しの沈黙のあと、上品な薄桃色の唇がゆっくりと息を吸い込んだ。

「…私、嘘をつきました」
「嘘?」

不穏な単語に、ざわりと騒ぐ胸。
心当たりがなく鸚鵡返しに問えば、彼女は真っ直ぐに俺を見上げて。

「初めに、伯父が強引に、と言いましたがそれは嘘です。…この話を強引に進めたのは私でした」
「……どういう、意味だ」

彼女の背に回した手が、期待に震える。
まさか、まさかこれは、と。

「土方さん。私は以前から、貴方のことを存じておりました」

そう言われ記憶を辿っても、彼女の痕跡は見当たらない。
訝しんだ俺に、彼女は微笑んで。

「2年前、剣道の大会に出られたのを覚えていらっしゃいますか?あの大会のスポンサーは、薄桜商事でした」

その言葉に、記憶を掬い上げる。
就職してからも、学生時代に通っていた道場には時折顔を出していた。
2年前、確かに大会にも出場した。
同じく出場した近藤さんに決勝で負けて、準優勝だったはずだ。
あの大会で、彼女は俺を見かけたというのか。

「…その、笑わないで下さいね?」

急に、それまで平然とした顔で俺を見上げ話していた彼女が、恥ずかしげに視線を逸らして。
何を、と聞く前に、小さくこう呟いた。

「一目惚れ、だったんです」

その瞬間、息が止まった。

「その…それであの、今回ようやくお会いできる手筈を、」
「ナマエ、もういい」
「あ……申し訳ありませ、」
「違えんだ、そうじゃねえ」

自分でも、どうしようもなかった。
だが、一目惚れだったと恥ずかしげにはにかんだ彼女を目にして、顔中に熱が集まっていくのが分かった。
思わず口走ったそうじゃない、の言葉に、彼女が俺を見上げてくる。
その視線に耐え切れなくなって口元を手で覆ったが、恐らく無駄な足掻きだろう。
それでも彼女を直視出来ず、あらぬ方向に目を逸らした。

「土方さん?」
「………同じだ」

彼女の背に回した左腕に、もう一度力を込めて。

「何が、ですか?」
「っ、だから!俺も一目惚れだったっつってんだよ!」

視界の端、ぽかんと口を開けた彼女が俺を見上げている。
そのあまりに小っ恥ずかしい状況に、俺は右手を彼女の後頭部に回して思い切り胸元に押し付けた。

俺の腕の中で声を上げて笑う彼女が、やけに可愛く思えた。



一目惚れ連鎖
- いつか、あの日のお前に好きだと告げよう -



あとがき


あき姉さんへ

ど、どうっすか?姉さんのイメージに一致してるといいのですが…。
お見合いで一目惚れしちゃう土方さんを、拙宅の王道パターンで、とのことでしたので。散々ヘタレて最後にぶっ飛ばす、という私の好きな流れで書いてみたのですが。ヘタレ具合はこんなかんじで大丈夫でしょうか。やりすぎた?それとも、もっとヘタレた方が良かったのかな。
何かお気に召さない点がありましたら、リライトしますので遠慮なくお申し付けくださいね。

この度は、私好みの素敵なリクエストをありがとうございました(^^)




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