一目惚れ連鎖[2]
bookmark


襖がトンと音を立てて閉まり、室内は完全に俺と彼女だけの空間になった。
気まずさと照れくささとが入り混じり、正面を向けない俺はテーブルの一点に視線を落とす。

数秒の沈黙を破ったのは彼女だった。

「改めまして、ミョウジナマエです。本日はお時間を作って下さりありがとうございます」

もう一度自己紹介をされ、俺はそこでようやくまだ自分が名乗ってもねえことに気付かされる。

「あ、ああ。土方だ。土方歳三」

俺の、スマートさの欠片もない自己紹介をどう思ったのか、彼女は表情を変えず微笑んだまま。

「上着を脱がれてはいかがですか?」

そう促され、俺は自分の手が妙に汗ばんでいることを知った。
言われてみればこの数分間で、体温が明らかに上昇した気がする。

「あ、ああ、すまねえ」

それを見透かされたことを恥ずかしく思いつつ、その言葉に甘えてジャケットを脱いだ。

再び訪れる沈黙。
何か言わねえと、と焦るあまり、全くまとまらない思考。
俺は必死で、こういう場合は何を言えばいいのか考えた。

俺は過去に二度、どちらも近藤さんの頼みを断りきれずに見合いをしたことがある。
当然相手に全く興味のなかった俺は、今日と同様に形だけ顔を出した。
相手の女はどちらもうんざりするような食い付きの良さで、片方は俺を質問攻めにし、もう片方は聞いてもねえのに自分のアピールをしまくっていた。
俺はそれらを適当に聞き流し、近藤さんに迷惑が掛からねえだけの義理を果たして早々にその場を後にした。

しかしそんな経験談は、今この状況で何の役にも立ちゃしねえ。
なんてったって、彼女が今までの女と違い、俺に興味を示す素振りが全くねえときた。
どうしたもんかと視線を泳がせていると、不意に彼女が口を開いて。

「すみません、」

見れば、困ったように眉を下げた彼女。
何に謝られたのか分からず戸惑っているうちに、彼女が話を続けた。

「土方様も断りきれなかったのでしょう?伯父が強引に…お忙しいでしょうに申し訳ありません」
「…あ、いや…」

慣れない呼ばれ方とその台詞の内容に驚きつつ、咄嗟に否定する。
しかし彼女は分かっている、とばかりに苦笑した。

確かに彼女の言う通りではある。
断れねえ相手からの見合い話だったから来た、それだけのつもりだった。
だがそれならば今の俺を、彼女の発した一字一句を反芻してひどいショックを受けた俺を、どう説明すればいい。
彼女は言った。
土方様も断りきれなかったのでしょう、と。
も、ということは、彼女も社長の提案を断りきれず渋々この場に赴いたというわけだ。
つまり彼女に、俺と結婚する意思はねえ。

これが誰か別の女を相手にしていたら、ならば話は早いとすぐさま見合いを打ち切り、後日穏便に片をつけてそれで終いだった。
それなのに、よりによって。
どうでもいい女ばかり俺に言い寄ってくるってえのに、よりによってどうしてこの女は、俺を何とも思ってねえんだ。
答えは簡単だ。
今までの女は皆、俺の顔やら社会的地位やら経済力やらを目当てにしていた。
しかし彼女は、そんな基準で相手を選ばねえ。
そんだけの話だ。

「この後はお仕事ですか?」
「いや、今日は休みだ」

本当はこの後会社に行くつもりだった、という言葉は飲み込む。
今となっちゃ、そんな急ぎでもねえ仕事なんざどうだっていい。

「そうですか。ではお互いの立場もありますし、このまま少しお話しをさせて頂いても?」
「あ、ああ、構わねえ」

つまり、形だけの見合いをして、穏便に終わらせましょう、ということだろう。
とりあえず早々に退席されなかったことに、胸を撫で下ろした。
しかし相変わらず、何を話せばいいのかが分かんねえ。
これまで、女相手にヤるだけヤって終いだったことが災いし、気の利いた会話の仕方なんざ知らねえ。
そんな俺に助け舟を出してくれたのは、やはり彼女だった。

「此方では何だか息が詰まってしまいますね。少し暑いかもしれませんが、外に出ませんか?」
「外?」
「はい。中庭に出られるようになっているそうです」

なるほど、見合いの席とはそういうこともするもんなのか。
俺たちは彼女の提案通り、仲居に案内されて中庭に出た。
まさに日本庭園、という様だ。
日の当たらない木陰を選んで歩けば、さほど暑さは感じなかった。



prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -