愛をなぞる言葉[6]
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その瞬間、全身から血の気が引いた気がした。


帰宅して、明日の授業に必要なものとそうでないものとを仕分けしていた時のことだった。
スクールバッグの中から、教科書類を取り出す。
俺はそれぞれの教科の教科書とノートをセットにして管理している故に、数学の教科書の隣にノートがないことにはすぐに気が付いた。
そういえば帰り際に彼女に貸したのだ、と思い出して。
数学の教科書をパラパラと捲った。
ふと、今日の授業範囲であった同時確率分布の表が目に入ったその時。

「っ、」

俺は思わず立ち上がった。

あの時の、文字。
あんたが好きだと、書いたあの文字を俺はどうした。
消そうとして、総司に話し掛けられ咄嗟にノートを閉じ。

「…ま、さか…」

消して、いない。
俺はあの言葉を残したまま、彼女にノートを渡してしまった。

俺はあまりの衝撃に教科書を取り落とし、そのままベッドに沈み込んだ。
なんたることだ。
こんなことになるならば、総司に知られて揶揄された方が何倍もましだった。
まさか、本人に手渡してしまったなどと、このように間抜けな話が他にあるだろうか。

俺はベッドの上で、朝まで頭を抱え唸る羽目に陥った。


その翌日、俺は生まれて初めて学校を休みたいと思った。
しかし、これからずっと行かないという選択は出来ぬ故、必死で気待ちを奮い立たせて家を出た。

何とか楽観的に考えようと努めた。
薄く小さな字で書いた故、彼女は気が付かなかったかもしれぬ。
気付いたとしても、名前は書いていないのだから、自分のことだとは思わぬだろう。
ノートにそのようなことを書くなど女々しいと思われたかもしれぬが、それが彼女自身に宛てられた言葉だとは分からぬはずだ。

そう己に言い聞かせ、俺は平静を装って風紀チェックの為に校門に立った。
予鈴の10分前、いつも通り彼女が友人と連れ立って登校して来た。
傍目から見ると、いつもと変わった様子はなかった。
しかし。

「お、はよ、斎藤君」
「あ、ああ、おはよう」

その口調がいつもより硬かったように感じられ、俺は気が気でなかった。
しかしまさかその場でノートのことに触れるわけにもいかず、俺は校舎に向かって歩いて行くその後ろ姿を黙って見送った。


次に彼女に会ったのは、昼休みのことだった。

「はじめくーん!」

バッグから弁当箱を取り出したところで平助に呼ばれ、振り向いた視線の先。
教室のドアから、彼女が顔を覗かせた。
彼女がその手に例のノートを持っていることを確認して、俺はごくりと唾を呑む。
立ち上がり、ゆっくりと教室の外に出た。

「あの…これ、ありがとう」
「ああ、」

そう言って差し出された水色のノート。
俺は、震えそうになる手でそれを受け取った。
いつもならば、どこか分からないところはあったかと訊ねる場面だ。
だが今の俺にそんな余裕はなく、彼女もまた気まずそうに俯いていた。
やはり、見てしまったのだろうか。
何と言うべきだろうか。
あれは何でもない、気にせずともよい、と。
そう言った方がよいのか。
それとも、そのようなことを言うのは余計に言い訳がましくなる故に止めておいた方がよいのか。

「じゃ、じゃあ、もう行くねっ」

その判断を下せずにいるうちに、彼女はスカートを翻して廊下を駆けて行った。
まさかそれを呼び止められるはずもなく。
俺は彼女の姿が廊下の角を曲がって消えるまで、その背を見送ってから教室に戻った。

返ってきたノートを、パラパラと捲る。
やがて、指が該当のページに辿り着いた。

その瞬間、俺は目を疑った。

ノートの左隅、俺の字で書かれた、あんたが好きだ、の文字。
その下に、俺の筆跡ではない一文があった。

勢い良くノートを閉じる。
心臓が痛いほどに胸骨を叩いていた。
呼吸が浅くなる。

今のは、なんだ。
あの字は誰のものだ。
考えられる持ち主は一人だけ。
あれは、彼女の字だ。

恐る恐る、震える指でもう一度ページを捲る。
逸る鼓動を抑えながら、先程のページを開いた。



あんたが、好きだ。


私も、斎藤君のことが好きです。



愛をなぞる言葉
- 指先で触れる、君の想い -



あとがき


Mifuyuさん

あれれれれれ?どうしよう、切ないというか甘酸っぱくなってしまった?! 拙宅の薄桜鬼では初の学パロということで、張り切って高校生っぽさを表現しようと奮闘したところ、なぜかこんなことに…!! あまりご希望に沿えていないかもしれないです、ごめんなさい。傘も背徳も全く関係なくなってしまったよ〜っ(焦)。
書き直しは随時受け付けておりますので、遠慮なくお申し付けくださいね。
この度は、激戦をくぐり抜けての20万打だったとのことで、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いしますね(^^)




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