愛をなぞる言葉[1]
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あんたはきっと、気付いてなどいないのだろう。
俺の胸が、あんたの姿を見る度に音を立てて軋むことなど。
露ほども知らずに、俺に笑いかけているのだろう。


「斎藤君、これ、ありがとう」

そう言って差し出されたのは、見慣れた大学ノート。
水色の表紙に俺の字で、数学Uと書かれている。

「ああ、役に立っただろうか」
「すっごく助かった、やっぱり斎藤君のノートは綺麗だね」

恐らく本心からそう思ってくれているのだろう。
彼女はにこにこと笑いながら俺を見ていた。

「ならばよかった。どこか、」

どこか分からない箇所はあったか、と聞こうとしたはずの俺の声は。
彼女の友人の声に遮られた。

「ナマエー、土方先輩が来てるよー!」

俺を見ていたナマエの視線が、一瞬で向きを変える。
共に振り返った先、教室のドアの側に彼女の友人の姿。
そしてその隣、ドアに片手を掛けて佇む土方先輩がいた。

「よう、ナマエ」

いつもは難しそうな顔ばかりしている土方先輩が、振り返った彼女を見て微かに笑う。
そんな彼の姿に、彼女もまた笑みを浮かべた。
先ほどまで俺に向けられていたものとは、どこか異なる。
言うなれば、まるで花が咲くような笑顔だった。

「すぐ行きますねっ」

そしてそう答えた声もまた、俺と会話をする時とは違う色をしていた。

「斎藤君、本当、ありがとうね」
「ああ。その、また必要であれば、」

皆まで言わずとも、彼女は俺の言いたいことを察してくれたようで。
一つ頷くと、また明日ねと俺に背を向けた。
机に置いてあったスクールバッグを手に取って、ぱたぱたと上履きの音を立てながら駆けて行く。
その先には、彼女を見つめる土方先輩の姿があった。


俺の元に残ったのは、一冊のノート。
先ほどまで彼女が持っていたそれを、意味もなくパラパラと捲った。
特別何の変哲もない、ただの授業ノートである。

彼女に初めてノートを貸したのは、去年、まだ俺たちが一年生だった時のことだ。
授業中に居眠りをしてしまった彼女に、もし良ければとノートを差し出した。
それ以来彼女は、同様に居眠りをした時や、授業のスピードについて行けなかった時など、決まって俺からノートを借りるようになった。

頼られているようで、嬉しかった。
他にも友人は大勢いるだろうに、必ず俺に声を掛けてくれる。
ありがとう、と笑ってくれる。
返す時もまた律儀に、机に入れておいたりするのではなく直接手渡してくれる。
元々、授業の板書を全て写すことは中学生の頃から身についていた習慣だったが、彼女にノートを貸すようになってからはより丁寧に書くようになった。
少しでも、彼女にとって分かりやすいようにと努めた。
おかげで総司などはテスト前になると俺のノートを丸ごとコピーしたがるが、無論貸したことはない。
俺のノートは、彼女のためだけにあった。

だが、そんなことをしても所詮意味はないのだ。
俺はノートを閉じ、スクールバッグに仕舞い込んで教室を後にした。



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