揺れる心の傾く先に[4]
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「……斎藤さん、手当てを、」

恐ろしいほどの沈黙を、私は意を決して破った。
斎藤さんの着流しが黒いせいで誰も気が付かなかったようだが、私は先ほど風間さんの剣が彼の右腕を捉えたのを見ていた。
早く止血と消毒をしなければならない。
そう思って、一歩近付いた。

すると斎藤さんはおもむろに着物の合わせを開き、大きく緩めて両腕を抜いた。
着物と襦袢が肩から落ち、腰帯で引っかかり垂れ下がる。
斎藤さんは次に襟巻きを外すと、それを口と左手とで持って右腕の患部に巻き付けた。
あまりにおざなりな止血に、私は慌ててそれを止めようと思ったのだが。

斎藤さんが顔を上げ、真っ直ぐに私を見据えた。

行灯の薄明かりの中、藍色の双眸に射抜かれる。
私は反射的に、その視線から逃れようと俯いてしまった。

斎藤さんは、全てを私から聞き出すつもりだ。
風間さんとの関係。
どこで出会ったのか、何をしたのか、何を話したのか。
私は隊士ではないけれども、幹部の皆さんと仲が良い分、むしろより新選組の中核を知っている。
そんな私が、新選組の敵である風間さんと何かしらの関係を持つなんてご法度だ。
きっと斎藤さんは、全てを土方さんに報告するつもりでいる。

私はこの人を、新選組を、裏切ってしまった。
そう、唇を噛んだ。

「…聞きたいことがあるのだが、良いか」

私は黙って頷く。
顔は上げられなかった。
静かな口調で話す斎藤さんがどのような表情をしているのか、確かめる勇気がなかった。

「先刻の風間の言葉、どこまでが事実だ」
「……どこまで、とは」

そう聞き返すと、斎藤さんは少し躊躇ってから。

「あんたは、あの男を好いているのか」

いきなり核心に触れたその問いに、私は息を呑んだ。

「…私は、」

何か答えなければならない。
そう思うのに、まるで喉が干からびてしまったかのように声が出ない。
その間にも、斎藤さんの質問は続いた。

「あんたは、あの男を想っているのか」
「あんたはあの男と共にいたいのか」

「あんたは…っ、俺ではなくあの男を選ぶと言うのか…!」

次の瞬間、立っていたはずの私の身体は、なぜか畳を背にして横たわっていた。
そして私の上には、斎藤さんがいた。

斎藤さんの熱い両の手に掴まれた手首が、畳に押し付けられる。
私を見下ろす藍色の瞳は、暗く揺らめいていた。

「…さ、いとう、さん?」

じんじんと痺れる両手。
視界の端、斎藤さんの右腕に巻かれた襟巻きに血が滲み始めている。

「渡さぬ」

薄い唇が、低く唸った。
藍色が濃くなる。

「何があろうとも決して、あんたを風間には渡さぬ」

そう、告げた唇が。
次の瞬間、私の唇に重ねられていた。
驚いた私の隙を突いて、斎藤さんの舌が私の口の中に入り込む。
歯列を割った舌が、私の舌を嬲るように絡め取った。

「……ん、んっ、」

口内を散々に掻き乱され、飲み込みきれなかった唾液が唇の端から零れ落ちていく。
それでも斎藤さんは私の唇を貪った。

息も絶え絶えになった頃、ようやく離れた唇。

「あんたの気持ちは汲んでやれぬ……許せ」

荒い息をつく私に向かって、斎藤さんはそう言うと。
止める間もなく、私の帯の結び目に手を掛けた。

「さ、斎藤さんっ」
「抵抗しないでほしい。手荒にはしたくない故、」

あっという間に解かれた帯。
斎藤さんの手が、私から着物と襦袢を剥ぎ取っていく。
両腕を抜かれ、着物は私の背に敷かれるだけとなった。

「あんたは、俺のものだ」
「やっ、斎藤さ…っ」

拒絶の言葉は、斎藤さんの唇に吸い取られて消えた。

角度を変え、何度も吸い付いてくる唇。
舌を突つかれ、歯列を舐められ、背筋が震える。
その間にも斎藤さんの手は私の胸元を弄り、時折指が頂を掠めた。

「……ん、ぁ…」

唇が離れれば、そこから声が漏れたのが自分でも分かった。
斎藤さんの頭が下がり、先ほどまで指先で弄られていた頂を口に含まれる。
舌で転がされ唇に甘噛みされ、身体の奥が疼き出した。

「…やぁ…っ、ん…」

視線を落とせば、胸元に顔を埋めた斎藤さんの頭がある。
紫紺の髪が、私の肌の上で泳ぐ。
思わず手を上げて、その髪を指先に絡めた。

「は、ぁ…、さいと、さん…っ」

斎藤さんの歯が当たる度に、腰が小さく跳ねる。
やがて私の胸を揉みしだいていた斎藤さんの左手が、ゆっくりと下肢に向かって滑った。
斎藤さんが私の脚の間に身体を入れ、閉じないように大きく開かれる。
その付け根に指が這うのを感じ、私はあまりの恥ずかしさに顔を背けた。

斎藤さんが上体を起こし、私の秘められた場所を見下ろす。
そのあからさまな視線に、私は消えてしまいたいほどの羞恥を覚えた。

「…や、見ないでくださ…っ」

だけど、斎藤さんが私の言葉を聞き入れてくれるはずもなく。
斎藤さんに見下ろされたそこに、彼の指が入り込んだ。

「っ、」

微かな痛み、そして違和感。
ゆっくりと抜き差しされる指と、聞こえてくる濡れた音。
何もかもが怖くて、私は思わず目を閉じた。

「ナマエ」

その途端、呼ばれた名前。

「目を、開けてくれ」

そう請われ、下ろしたばかりの瞼を持ち上げればそこに。
藍色の瞳を揺らした斎藤さんの顔があった。

「いま、あんたを抱いているのは俺だ。…見ていてほしい」
「さいと…さ、」
「あんたを好いている。あんたが欲しい。逃げないでくれ、」

真っ直ぐに落とされる言葉。
斎藤さんがこんなにも話すところを見たのは、初めてかもしれない。
そう思ってしまうほど、たくさんの言葉が降り注ぐ。
全て、私を想う気持ちと共に。

「あんたの中に、入らせてくれ」

そう言った斎藤さんは、手早く彼自身の下帯を外した。
初めて見るその昂りから、私は思わず目を逸らす。
知識としては知っていた。
それでも初めてのことに、身体が震えそうになる。

「…すまぬ、ナマエ」

そんな私に覆い被さった斎藤さんが、私の頬をそっと撫でて。

「だが、ここで止めてはやれぬ。俺を、受け入れてくれ」

その言葉と共に、宛てがわれた熱。
怯えて逃げようとした私の腰を、斎藤さんが両手で引き寄せて。
ぐい、と昂りが押し込まれる。

「い…っ、た、」

何かが裂けるような音。
初めて感じた焼けるような痛みに、私は悲鳴を上げた。
それでも斎藤さんの熱は、じわりじわりと私の中を深く抉っていく。
滲む視界の中、斎藤さんもまた苦悶の表情を浮かべていた。

「…く、…っ」
「や、あ、あ…っ、」

やがてその昂りは私の奥底に到達し、そこで止まった。
互いの荒い呼吸が入り乱れる。
私の腰を掴んだまま一度天を仰いだ斎藤さんは、次に上体を倒して私の顔の横に両手をついた。

「あんたは誰にも渡さぬ。故に、俺で諦めてくれ…っ」

次の瞬間。

「ひっ、あああっ」

斎藤さんが腰を引き、熱が痛みと共に移動した。
そしてまた奥まで沈められる。
その律動が私の中を掻き乱し、痛みの中に妙な快感を生み出した。

「…あっ、やぁ…だ、斎藤さ…んんっ」

正体の分からない感覚に揺さぶられ、唇から悲鳴が漏れる。
そんな私の上で、斎藤さんは眉を寄せ、何かに耐えるような顔をした。

「ナマエ…っ」

切羽詰まった声に、名前を呼ばれる。
見上げた先、もしかして泣いてしまうのではないかと勘違いするほど、潤んだ藍色の瞳があった。

「俺を…っ、俺を、選んでくれ…っ。幸せは、約束出来ぬが…っ、後悔、は、させぬ…っ」

まるで血を吐くような、掠れた叫び声。
切なく吐き出された想いに、胸が締め付けられた。

「…ん、あ、あっああっ」

激しくなる腰の動きに、私の口からはもう意味のある言葉など出てこなかった。

「…さ、いと…さっ、なに…これっ、あああっ」
「このまま…っ、俺と…!」

まるで、何かを懇願するかのように。
このまま、とそう請われ。
私は身体を襲う激しい波に身を任せた。

「ひっ、…ああああっ!」
「……く、ぅ…っ」

真っ白な奔流に呑まれる寸前、下腹部に感じた熱い飛沫と。
私の名を呼ぶ斎藤さんの声を、聞いた気がした。



次に目が覚めた時、私はいつの間にか布団の中にいた。
ぼんやりと靄がかかったような頭で、先ほどまでの出来事を思い出す。

斎藤さん…!

私は慌てて起き上がった。
その途端、身体を襲った痛みに呻く。

「ナマエ!」

そのまま布団に逆戻りした時、斎藤さんの焦ったような声がした。
見れば、畳に正座をしていたらしい斎藤さんが立ち上がろうとしたところだった。
すぐさま私の側に膝をついて、顔を覗き込んでくる。
その双眸は、心配そうに揺れていた。

「大丈夫か、痛むのか」

不安げな口調。
斎藤さんの左手が躊躇いがちに宙を彷徨い、やがて恐る恐るといった様子で私の頬に触れる。
頬を撫でる指先は、微かに震えていた。

その、先ほどまでとは打って変わったような態度に、私は思わず笑ってしまった。

「ナマエ…?」

意味が分からないと、斎藤さんが首を傾げる。
私は布団から手を出し、同じように斎藤さんの頬に触れた。
斎藤さんが、驚いたように肩を揺らす。
その様子を見つめながら、私はそっと言葉を選んで。
そして、唇に乗せた。

「…私も、貴方が好きです。斎藤さん」

藍色の双眸が、驚きに見開かれる。
斎藤さんは何か言おうと唇を震わせ、だが何も言わないまま私に覆い被さって。
震える腕で、私を抱きしめてくれた。




揺れる心の傾く先に
- 果てのないアイが在らんことを -



あとがき

aoiさあんっ
ごめんなさい!! どうしてこんなにグダグダなのか…あああ、本当にすみません。
ヒロインちゃんの立ち位置とか二人との出会いとか関係とか、背景をがっつり書いていたら、肝心の攻める斎藤さんが少なくなってしまいました。裏もなんだが中途半端だし…。
ううう、素敵なリクエストだったのに生かしきれなくてごめんなさいいい(泣)。こんなのでもよろしければ、貰ってやって下さい。

この度は、21万打のキリ番リクエストをありがとうございました(^^)

言い訳の続きはメールでさせて下さいww




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