この涙が乾く頃に[1]
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「…おい、そんだけか?」

土曜日の昼。
ランチと称してダイニングテーブルに二人分の皿を並べれば、トシさんが眉間に皺を寄せた。
トシさんの視線の先、今日の献立は冷製パスタとサラダとスープ。
トシさんの前には、いわゆる一般的な一人前。
それに比べて私の皿には、恐らくその三分の一以下の量。
訝しむのも無理はない。

「あの、ちょっと夏バテ気味で」

そう答えると、トシさんはより一層眉間の皺を深くした。

「おい、大丈夫なのか。ったく、体調が悪いなら先に言えってんだ。無理して飯なんて作るこたねえだろうが」

紫紺の瞳が、気遣わしげに細まった。
つくづく私に優しい人だ、と思う。
夏バテなんて、別に大した病気でもない。
それなのにこうして心配してくれる。

「大丈夫ですよ、本当に。少し食欲がないだけですから。…ほら、食べませんか?」

そう言ってフォークを差し出せば、トシさんは渋々といった様子でそれを受け取った。

「片付けは俺がするからな」

憮然とした声で私に釘を刺して、パスタをフォークに巻きつけていく。
その姿を、私は嬉しくも切ない想いで見ていた。


本当はね、最初は私も単なる夏バテだろうって思っていたの。

食欲が落ち、どうにも気分が優れない日が続いて。
元々暑さに強い方ではなかったから、夏バテだろうと軽い気持ちで考えていた。
そんな私を揺るがしたのは、私にしては珍しい月のものの遅れで。
まさか、とドラッグストアで買い求めた妊娠検査薬。
陽性反応の出たそれを、私は信じられない思いで見つめた。
翌日に産婦人科を受診すれば、妊娠10週目だということが判明した。
おめでとうございます、と微笑んだ女医さんの言葉に、私の頭の中は真っ白になった。


「ほら、いいから座ってろ」

私をソファに座らせたトシさんが、テーブルの上の皿を重ねてキッチンに運んで行く。
自分だって疲れているだろうに、トシさんはいつだって私に対する気遣いを失くさなかった。


有名な一流企業に勤めるトシさんは忙しい人で、私には決して愚痴を零さないが、随分と仕事が大変なようだった。
トシさんとは違う会社に勤める私も、彼ほどではないにしてもそれなりに忙しい身。
だから平日の夜に会うことは難しく、私たちが顔を合わせるのは大抵週末だった。
毎週末、時々トシさんが出勤になってしまうこともあるが、それ以外は彼は必ず予定を空けておいてくれた。
たまには一人の時間も必要なのではないか、とか。
疲れているのではないか、とか。
そう思って遠慮しようとする私のことなんてきっとお見通しで、トシさんは「悪いんだが昼飯を作りに来てくんねえか」なんて、さりげなく口実をくれる。

そんな、優しい人だから。


私はそっと、まだ何の膨らみもないお腹に手を当てた。

「…言えないなあ、」


まだ、貴方に真実を告げる勇気が持てないの。


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