この涙が乾く頃に[2]
bookmark


あれは、今年の春先のことだった。

トシさんが学生時代にとてもお世話になったらしい、近藤さんという方に初めてのお子さんが産まれた。
近藤さん夫妻に招かれ、私はトシさんに連れられて近藤さんのご自宅にお邪魔した。
赤ん坊は男の子で、とても小さく、とても愛らしかった。
赤ん坊をぎこちなく抱く近藤さんはとても幸せそうに笑っていて、何とも微笑ましい光景だった。

「子どもはいいぞ、トシ。お前にも早く子どもが出来るといいなあ!」

満面の笑みでそう言った近藤さんに、私は照れくさくなって俯いた。
だってそれは、そういう意味、だ。
まだトシさんと結婚の話をしたことはないけれど、私だって意識していないわけではない。
トシさんとの、子ども。
きっと可愛いだろうな、なんて、そんなことを考えてしまった私の横で。

「勘弁してくれよ近藤さん。そのつもりはねえよ」

トシさんは少し迷惑そうに、そう言い切った。
その瞬間、私の未来予想図は呆気なく白紙に逆戻りしたのだ。



「調子はどうだ?」

今日一日、私の夏バテという言い訳を疑うことなく信じてくれたトシさんは、これ以上ないのではないかと思うほど私を甘やかしてくれた。
これではまるで重病人扱いだ。

「もう、大袈裟ですって。大丈夫ですから」

そう言って、心配そうに覗き込んでくる紫紺に笑いかける。
すると、トシさんは安堵したように微笑んで。
そして突然その笑みに、色気を滲ませた。

「なら、いいか」

不意に低められた声。
私はハッとして目を瞠った。

土曜日の夜、交代でシャワーを浴びたあとに並んで座ったソファの上。
この当たり前の展開を失念していた私は、慌てて言い訳を引っ張り出した。

「…あの、ごめんなさい。私いま、月の、」

そう答えると、トシさんは少し残念そうに苦笑して。
申し訳なさに俯いた私の髪を、くしゃりと大きな手で撫でた。

「気にすんじゃねえよ」

一言、温かい声が降ってくる。
私はいよいよ申し訳なくなって、しばらく顔を上げられなかった。

分かっては、いる。
いつまでも隠しておくわけにはいかないのだ。
父親は間違いなくトシさんなのだから、私は彼に伝える義務がある。

だけど、トシさんは何て言うだろう。

本当は欲しくなかったという本心を隠して、嬉しいと笑うのだろうか。
それとも、堕してくれと正面から頭を下げるのだろうか。
その負い目を気にして、私との別れを選択するのだろうか。
まさかトシさんに限って、怒るなんてことはないと思うけど。

考えれば考えるほど、私の想像はどんどん悪い方向に転がっていって。
結局その夜、私はトシさんに真実を告げることが出来なかった。



prev|next

[Back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -