永遠に続く愛の形[2]
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「斎藤。もう上がれるか?」

終業後。
デスクの上を片付けていると、背後から掛けられた声。
振り返れば、同じ部署で働く左之が帰り支度を整えて立っていた。

「ああ、そのつもりだが」
「なら、一杯どうだ?」

左之はそう言って、親指と人差し指とで輪を作り、くい、と酒を呷る仕草をした。

「…いや、今日は、」
「いいから付き合えって」

そのような気分ではない、という俺の言い分は丸め込まれ。
左之は半ば無理矢理に俺をオフィスから連れ出した。

「おい、左之。俺は行かぬと、」
「じゃあなんだお前。そんな辛気臭い顔で帰って、家で一人で飲むってか?」

俺の抗議を遮って、降ってきた常よりも低い声。
長身の彼を見上げれば、想像していたよりもずっと真剣な双眸に出会った。

「……付き合おう、」
「おう、そうしとけ」

そうして俺は、左之に連れられるまま一軒の居酒屋に入った。
金曜日の夜とあって、客の入りは9割程度。
程よく賑わったその空間が、今の俺にはありがたかった。

とりあえず生二つ、と左之が店員に笑いかける。
俺もこんな風に笑って話すことが出来る男ならば良かったのだろうか、と考えて、小さく溜息を吐いた。

今日はどうしても、ナマエのことばかりが頭に浮かぶ。
別れたあの日から、一日たりともナマエのことを想わぬ日はなかったが、今日は特に彼女の顔が脳裏を過った。
今日という日付のせいだろう。

あの一方的な別れの後、彼女から一度だけメールがあった。
別れを告げた、翌日の夜のことだった。
文面は簡潔に、もう一度会って話したい、とだけ書いてあった。

俺はそのメールに返事をしなかった。
それ以降、彼女から連絡が来たことは一度もない。

「お疲れさん」
「ああ」

運ばれてきたビールジョッキを、軽くぶつける。
左之の言葉は的を射ていた。
もし俺があのまま一人帰宅していたならば、間違いなく家中の酒を飲み尽くして潰れていただろう。
俺はせめてこの苦い想いを流してくれと、ジョッキの三分の二を一気に空けた。

「ま、無理に事情を聞こうとは思わねえけどな。だが、たまには吐き出してみてもいいと思うぜ?」

そう言って、左之は苦笑した。
普段であれば、大したことではないと切り捨てていただろう。
だがこの時は俺も、恐らく相当参っていたのだ。

「…3年前の今日、当時交際していた女性と別れた」

まさか俺の口から異性の話が出るとは思ってもいなかったのだろう。
左之が目を見開く。
当然だ。
ナマエと別れてから、俺には浮いた話など何一つなかったのだから。

「浮気を、されていた。それを知って、別れを告げた」

一杯目のジョッキが呆気なく空になる。
店員に同じものを、と頼んだ。

「…浮気、か」
「ああ」

俺はそれを知らずにプロポーズをしようとしていたのだ、と。
自嘲染みた声が出た。
あの日ポケットの中で握りしめた指輪の入った小箱は、今も俺の手元にある。
受け取る者のいなくなったそれ。
捨ててしまえばいいものを、どうしても手放すことが出来ず。
今だに俺の元に眠っている。
封印された、俺の想いと共に。

「あれから3年だ。結婚していてもおかしくはないのだがな」

それでも捨てきれない想い。
スマートフォンのフォトフォルダを開けば今も残っている、彼女の笑顔。
繋がるかどうかは分からぬが、アドレス帳にはまだ彼女の番号がある。
この三年間で、何度電話をかけようかと思っただろう。
だが、もしも繋がらなかったらと思うと、どうしてもその11桁をタップすることが出来ず。
かと言って、消去することも出来ず。
今だに彼女の名前は、"よく使う項目"の一番上にある。

「今でも、好きなのか」
「……ああ、」

この胸の疼きを、俺は正しく理解していた。



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