永遠に続く愛の形[1]
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朝、目が覚めて、スマートフォンで時刻を確認して。
ロック画面に表示された日付に、ああ、今年もまたこの日が来たのか、と。
切なく疼いた胸を誤魔化すように、前髪を掻き上げた。



3年前の今日、俺は当時交際していた恋人に別れを告げた。
以前の恋人と別れた日付を記憶しているなど、女々しいことだと重々承知している。
だがこの日は、俺の中で特別な日になるはずだった。
良い意味で、特別な日になるはずだったのだ。


あの日。
俺は彼女に、プロポーズをするつもりだった。

大学で出会い、交際を始めて4年。
お互い社会人となり、別々の企業に勤めた。
以前のように毎日顔を合わせることはなくなったが、俺の気持ちは揺るぐどころか、大きく膨れ上がる一方だった。
結婚を意識し始めてから数ヶ月。
だが、口下手な俺はなかなかその一言を彼女に告げることが出来ず。
考え抜いた末の結論は、何か普段とは違う状況にあやかろう、というものだった。

そうしてプロポーズの日に選んだのは、彼女の23回目の誕生日。

待ち合わせはいつもと同じ、彼女の自宅近くの小さな公園だった。
少し肌寒くなり始めた季節。
俺は羽織ったコートのポケットに仕舞った小さな箱を何度も確かめながら、駅から公園までの道のりを足速に歩いた。
頭の中では、何度も練習した台詞が駆け巡る。

彼女はこれを受け取ってくれるだろうか。
笑って、頷いてくれるだろうか。

期待と不安を抱えて公園に足を踏み入れた。
いつものベンチに、彼女の姿があった。
待たせてしまったかと、急ぎ近付こうとしたその時。

「え、なに?」

彼女が誰かと電話をしていることに気付いた。
待っている間に、誰かから掛かってきたのだろうか。
邪魔をしては悪いと、俺は立ち止まった。
仲の良い相手なのか、彼女は俺に気付かないまま笑って会話を続けていた。

そして俺は、信じられない言葉を聞くことになる。

「え、もう。やだなあ、大好きに決まってるじゃない。…ばか、何回も聞かないでよ。恥ずかしいから」


時間が、止まった気がした。


いつも、俺を好きだと言う唇が。
俺ではない誰かを、好きだと言った。
その音を、俺は信じられない思いで聞いていた。

嘘だと思いたかった。
これは何かの間違いだと、そう思いたかった。
だがベンチに腰掛けた彼女の、照れたように頬を染めてはにかんだ横顔が、何が真実かを雄弁に物語っていた。

浮気をされていたのだと、その時になって初めて知った。
一体いつからだろう。
いつから、彼女の心は俺から離れてしまっていたのだろう。
人の気持ちというものに疎い俺は、全く気付いていなかった。

もしかすると、俺とのことが浮気だったのかもしれぬ。
このように口下手で、彼女を楽しませてやる術も知らぬ男に、彼女は愛想を尽かしてしまっていたのだろう。
ポケットの中、指先に触れた箱の感触があまりにも滑稽だった。

「うん、じゃあまたね」

通話を終えた彼女が、スマートフォンを手元のバッグに仕舞う。
そこでようやく、彼女は俺の存在に気付いた。

「はじめ!」

ベンチから立ち上がった彼女が浮かべた、明るい笑顔。
いつも愛らしいと思っていた、その表情。
それもまた、偽りなのだろうか。
俺を好いていると言った言葉と同じように。

悲しみ、憤り、虚しさ、そして諦め。

複雑に絡み合った己の感情は、しかし全てが彼女を拒絶せんと働いた。

「…今日は、話があって来た」

不思議そうに首を傾げた彼女と向かい合う。
きっとこれが最後になると、分かっていた。

「別れてくれ。…もう、付き合えぬ」

本来ならば結婚してくれと告げるはずだった俺の唇は、真逆の言葉を紡いだ。

「……え?」

目の前の彼女が、信じられないとばかりに目を瞠る。
それが本心なのか演技なのか、俺には判断がつかなかった。
だがどちらにせよ、行き着く先は同じだった。

「…誕生日、おめでとう」

言葉を失くした彼女に、最後にそう告げて。
俺はその場から立ち去った。
背後で、彼女が俺を呼ぶ声がした。
だが俺は、決して振り返らなかった。



あれから、3年。
俺は一度もナマエと連絡を取ることのないまま、彼女の26回目の誕生日を独りで迎えた。



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