[10]悲しみの終着駅
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「さ…っ、斎藤さん?」

再び斎藤の腕に捕らえられたナマエは、しかし先程とは異なる状況に上擦った声を上げた。
斎藤は黙したまま、その身体をきつく抱き締める。
そして、胸元とは打って変わって傷一つない滑らかな背中を優しく撫でた。

「…その傷を見て、俺がもし不快に思うことがあるとするならば、」

ようやく口を開いた斎藤の言葉に、ナマエの肩が跳ねる。
だが斎藤は、逃れようともがくナマエの身体を決して離さなかった。

「それは、あんたを傷付けた何処ぞの男に対する憤りだけだ」

そう言って、斎藤は少し腕を緩め、ナマエの顔を覗き込んだ。

「その傷と、そして傷一つないこの背は、あんたが正真正銘の武士である証だろう」

女の身で、それでも己の道を貫く、と。
刀を振るナマエを認めた斎藤の言葉。

「そんなあんたを、俺は美しいと思う。この傷も含めて、あんたの生き様を、美しいと思う」
「…さ、いと…さん」

斎藤の腕の中、ナマエが呆然とその名を呟いた。
再び零れ落ちる、涙。
斎藤は薄く微笑んで、その頬に手を添えた。

「この先二度と、あんたに傷ついてほしくないと思う。あんたを護りたいと思う。だが仮に、この頬に傷がついたとて、俺はあんたを手放さぬ」

どんな姿形であろうとも。
どんな傷を付けられようとも。

「俺は、あんただから抱きたいと思うのだ…っ」

ナマエの肩口に額を押し付けた斎藤が、熱い吐息と共に思いの丈を吐き出した。

「…ご、めんなさ…っ、わたし…っ」
「いや、あんたの気持ちが分からぬわけではない。言えなかったのだろう。不安にさせた、すまなかった」

拒絶され、己ばかりが傷付いていると勘違いをしていた。
ナマエがどんな思いで背を向けたのか、汲んでやることが出来なかった。
その上、彼女の気持ちを疑うような真似までしてしまった。
斎藤は、それを酷く後悔する。

「その傷も含めて、俺が好いているあんたなのだ。故に、隠さないでほしい」

そう言って腕を離した斎藤は、ナマエの身体をじっと見つめた。
その視線に、ナマエは今更になって急に恥ずかしさを覚え、慌てて着物を引き上げようとした。
関係の終わりを見据えて晒したはずの肌に、いま明らかな情欲を孕んだ熱い視線が注がれている。
そんな展開を全く予想していなかったナマエは、大いに焦った。
勢いで脱いでしまったが、治療行為以外で男に肌を晒したことなどこれまでに一度もなかったのだ。
ここにきてナマエは、自分がいかに大胆なことをしてしまったのかを思い知った。

しかし当然、斎藤はナマエが肌を隠すことを許さない。

「見せてくれぬか、ナマエ」

そう熱っぽく乞われ、ナマエは力が抜けてしまったかのように抵抗をやめた。
しかし、理性までは抜け落ちてくれるはずもなく。
昼時の明るい室内で好いた男に肌を晒したナマエは、顔を真っ赤にして俯いた。



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