[8]零れ落ちるその涙が
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今度の沈黙もまた、長かった。
それこそこのままでは日が暮れてしまうのではと斎藤が危惧するほどに長かった。

そして焦った斎藤は、無意識のうちに奥の奥の手を行使していた。

「やはりあんたは、俺に触れられたくないのだな。こんな、人を斬るばかりで血に濡れた手は、あんたに触れる資格などないのだ…」

明るい室内とは対照的に、暗く吐き出された斎藤の言葉。
しかしそれは、またもや否定された。
今度こそ、ナマエの涙と共に。

「…ご、めんなさ…っ。さいと、さん…違う。違うんです…!そうじゃないから、だから、そんなことを言わないで下さい…っ」

顔を上げたナマエの頬を、涙が伝う。
泣き落としをしていたはずの斎藤は、逆にナマエに泣かれて狼狽えた。
ナマエが泣くところを見たのは初めてだった。

斎藤は慌てて腰を浮かせ、ナマエの涙を拭おうと手を伸ばしかけ。
だが、原田の言葉が脳裏を過ったために思い留まった。

指一本触れるな。

理性と本能の狭間で躊躇した斎藤の目前で、ナマエが尚もはらはらと涙を流す。

「斎藤さんの手は…綺麗、です…っ。そんな、資格がないなんて、そんなことじゃないんです…。ごめんなさい…!斎藤さ…っ、ごめ、なさ…っ」


限界だった。

斎藤はナマエの側に擦り寄り、泣きじゃくる身体を抱き寄せた。
普段、あの重い真剣を振り回しているなどとは到底思えないほど、華奢な身体だった。

斎藤の肩口に顔を埋め、ナマエは謝り続ける。
その言葉を、斎藤がやんわりと押し留めた。

「泣かないでくれ、ナマエ。俺は、女子の泣き止ませ方など知らぬのだ。故に、あんたに泣かれるとどうして良いか分からぬ」

それでも、まるで幼子にするかのように、背中に回していた左手を上げてナマエの頭を軽く撫でた。
すると、ナマエの嗚咽が一層酷くなった。

「す、すまぬ!嫌、だったか」

いよいよ焦って、斎藤は手の置き場に困った。

泣かないでほしい。
笑っていてほしい。
それでも流れた涙は、己が拭ってやりたい。

そう思うのに実際は、触れれば触れるほど泣かせてしまっている。
どうすれば良いのか分からず、斎藤は途方に暮れた。
それでも何とかして想いを伝えたいと、その両腕はナマエの背を抱きしめていた。


やがて、ようやく泣き止んだナマエがゆっくりと斎藤の肩口から顔を上げた。
その目元は赤く腫れ、頬は濡れていた。

「…涙を、拭ってもよいだろうか」

そんなナマエを見て、呟かれた一言に。
彼女はそっと頷いた。



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