[3]眩しさに焦がれて
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「いや、そういうわけではない」

喧嘩という言葉に、斎藤が首を振る。
しかしその表情は、どんどんと思い詰めたように暗くなっていった。

「喧嘩じゃねえならどうしたんだ?」

そこにきて原田も揶揄する気持ちが消え、純粋な心配だけを口にした。
斎藤は様々な面で優秀な男だが、こと色恋沙汰に関しては殆ど何の経験値もないのだ。
ここは、永倉に言わせれば「百戦錬磨」の自分が相談に乗ってやらねばと、酒を呷り身を乗り出した原田の前で。
ついに斎藤が、ぼそりと呟いた。

「…その。よ、夜伽、のことなのだが…」

その途端、原田は酒を噴き出した。
酒が気管に入り咳き込む原田の前で、斎藤が顔を顰める。
その表情は、笑われたことと酒を掛けられたことの二重の不快感から、酷く険悪だった。
今にも抜刀しそうな斎藤の雰囲気に、原田は慌てて口元を拭う。

「いや、悪かった。本当に悪かった。まさかお前から夜伽なんて言葉が出てくるとは思ってなかったからよ、驚いちまって」

原田はそう言って斎藤を宥め、照れと不機嫌さとが混じった表情を眺めた。

なるほど、それはなかなか斎藤には重い悩みだろう。
元々ナマエに出会うまでは、女になど興味はない、という姿勢を貫いてきた斎藤のことだ。
もちろん斎藤の性事情など露ほども知らないが、恐らくその手の経験はかなり少ないだろう。
ナマエが初めてだ、と言われても納得出来るくらいだ。

そんな斎藤が、同衾のことで悩んでいるという。
そして原田は、その手の相談には自分が適任だと自覚していた。
経験値だけで言えば土方に負けるかもしれないが、まさか斎藤が土方にこんな相談事を持ち掛けられるはずもない。

「なるほどな。で、具体的には何を悩んでんだ?」

一言に夜伽の悩みと言っても、その種類は様々だ。
しかし斎藤は原田の問いには答えず、再び黙り込んでしまった。

無理もない。
奥手で純粋な斎藤のことだ。
自身が夜伽のことで悩んでいる、と打ち明けるだけでも相当の覚悟を要したのだろう。
さらに具体的な説明を求めるのは酷というものだ。

こんなことならば、あとニ、三本飲んでから話を聞けば良かったな、と。
そんな後悔をしつつ、原田は自ら具体例を挙げることにした。
何が食べたい、と聞くよりも、うどんと米のどちらが食べたいかと聞いた方が答えやすいだろう、という考えだ。

「ナマエは当然男慣れなんてしてないだろ?だったらそうだな…痛がる、とかか?あんまり反応しねえ、とか?」

いくら男ばかりの飲み屋とは言え内容が内容だけに、原田は声を潜めた。
そしてそんな原田の言葉に、斎藤は瞬時に顔を赤らめた。
なんとも初心な反応である。

原田は躊躇った。
先に挙げた例は、どちらかと言えばナマエに原因があるような言い方を選んだ。
しかしこれは、もしかすると斎藤に原因があるのかもしれない。
だが面と向かって下手なのか、などと聞ける訳がない。
いくら斎藤が淡白そうに見えたとて、彼も歴とした男なのだ。
男には男の矜恃というものがあり、それは褥の上でのあれこれに大きく影響される。
例え原田が純粋に心配する気持ちだけを持って聞いたとしても、他人から自分の性技に口出しなどされれば不愉快だろう。

どうしたものか。

上手く穏便な表現を模索する原田の前で、ここにきてようやく斎藤が再び口を開いた。
そして、その薄い唇から飛び出た言葉に、原田は本日幾度目かの衝撃を受けた。


「…その、まだナマエと、共寝をしたことがない…のだ」



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