[2]開かれる扉
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原田の問いに、それまで無表情で盃を傾けていた斎藤は、ぴくりと眉を上げた。
だが、変化はそれだけだった。

「そんな面、とはどういう意味だ」

意味が理解出来ないと、斎藤が白を切る。
しかし原田にしてみれば、その反応は予想通りであった。
もしもここで斎藤があっさりと口を割ったならば、それこそ原田は目の前の男は本当に斎藤一かと疑うところだ。

「おいおい、誤魔化すなよ。朝から様子がおかしいじゃねえか」
「そのようなことは、ない」

原田にとって、これはまだ小手調べ。
少なくともあと四半刻は、同様の押し問答を続けるつもりだった。

「最初は体調でも悪いのかと思ったんだがよ。俺の誘いに乗ったってことは、そうじゃねえんだろ?」

だが、ここで予想外の事が起きた。
原田の剣が、呆気なく斎藤に届いてしまったのだ。

「…あんたには敵わんな」

はあ、と溜息を吐いて。
斎藤は苦笑した。
よもや気付かれるとは、と斎藤は驚いたように呟いたが、むしろ驚いたのは原田の方だ。
まさかこんなにもあっさりと、あの強情な斎藤が自身の異変を認めるとは思ってもいなかった。

だが、何にせよ扉は開いた訳である。

「ったく。で、何があったんだ?話してみろって」

原田は笑い、努めて明るい口調を意識した。
あまり深刻にならず、気軽に話をしてほしいと思ったからだ。
何かを抱えていることは認めてしまったのだから、あとはその内容を話すだけ。
そう難しいことでもないだろう、と原田は聞く姿勢を整えた。
しかし、ここでまた斎藤は躊躇ったように口を閉ざしてしまった。

「おい、どうした?」

言っちまえよ、と原田は斎藤を促す。
しかし斎藤は視線を泳がせるばかりで、なかなか話し出そうとしない。
その様子が、深刻な話に気後れしているというよりむしろ照れているように感じられ、原田の脳内でとある疑念が生まれた。

「ナマエと、何かあったのか」

その名を出した途端、斎藤の目元が朱に染まった。
疑念は、確信へと変わる。

「当たり、だな」

そう言って、原田はにやりと笑った。



あれはもう、一年近く前のことだろうか。

この清廉潔白を地で行く斎藤が、女ながらも男装までして他の隊士に混じり戦うナマエと恋仲になったと幹部連中が知った時、それはもう上を下への大騒ぎになった。
元々、女という不利な条件に甘えることなく鍛錬を重ね、土方からの信頼も厚いナマエのことを、幹部連中は常に気に掛け可愛がっていた。
向ける思いの意味に差こそあれ、皆がナマエを大切に思っていた。
凛とした佇まい、そこいらの男に負けない剣技と度胸。
だがその刀を腰から外せば、女らしく嫋やかで気立ても良く、愛らしい。
そんなナマエを、原田も妹のように可愛がっていた。

だからこそ、そのナマエが斎藤と恋仲になったと知った時の皆の反応は、それはもう酷い騒ぎだったのだ。
沖田は無言で抜刀し、藤堂は意気消沈。
永倉は男泣きに泣き、あの土方でさえ瞠目して固まった。
程度に差こそあれ、皆が皆明らかな敵意を燃やして斎藤を羨んだ。

しかしそれも最初のうちで、しばらくすれば、何処ぞの馬の骨とも分からない男に取られるよりは、良く知り、そして信頼出来る斎藤の元の方が安心も出来るものだ、と。
二人の仲は、幹部公認のものとなった。
それは、様々な建前はどうであれ、ナマエが斎藤の隣に立つ時のみ見せる恋をした女の顔があまりに愛らしかったことが、大きく影響していたような気もする。

当初はどうしてあの堅物な斎藤が、と誰もが思ったが、認めてみれば二人は似合いの組み合わせだった。
口下手で不器用な斎藤と、そんな彼を上手に包み込む器用なナマエ。
一方で、無理をしがちなナマエと、そんな彼女を上手く諫める斎藤。
互いに寄り添い合って、二人は着々と愛を育んでいたように、見えたのだが。

「なんだ、喧嘩でもしたのか?」

周囲には仲睦まじく見えていた二人の間に、何か問題でもあったのかと。
原田は、心配と好奇心を半分ずつ抱えて斎藤を問い質した。



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