[1]始まりの朝
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最初にその男の異変に気が付いたのは、原田だった。


いつも通り、幹部の面々が揃った朝餉の席。
最早恒例行事と化したおかずの取り合いで盛り上がる永倉と藤堂の大声を聞き流しながら、原田はふと、斎藤の様子が可笑しなことに気付いた。
可笑しいといっても、元々喜怒哀楽を表に出さない斎藤だ。
さほど顕著な異変が見られるわけではない。
だが原田の目には、どうも斎藤が意気消沈しているように映った。

何かあったのか、原田は首を傾げる。

昨夜の巡察は井上の六番組だった。
京の町に特に変わった様子はない、との報告だったそうだ。
昨夜から今朝にかけて、屯所内も事件などなく平和そのもの。
せいぜい、朝から沖田に揶揄された土方の雷が一発落ちた程度であって、これは事件とは呼ばない。
所謂、日常茶飯事である。

さてそれならば、斎藤は一体どうしたのか。
昨夜の夕餉の席では、特に変わった様子はなかったが、と。
原田が注意深く斎藤を観察していると、当の斎藤が無言のまま立ち上がった。
己の不躾な視線に気付かれたのかと慌てて視線を逸らした原田だったが、斎藤は彼のそんな様子を気に留めることもなく、ゆっくりと広間を出て行った。

「おい、なんだ斎藤の奴!こんなに残してんじゃねえか!」

黒い着流し姿の背中を見送っていた原田は、永倉の嬉々とした大声に振り向いた。
見れば、斎藤が座っていた位置の膳に、永倉と藤堂が群がっている。
ちらりとその膳を覗けば、確かに永倉の言う通り、米もおかずも半分以上が残されていた。
沖田の塩っ辛いお浸しですら、文句をつけつつも洗ってまで完食するあの斎藤が食事を残すなど、滅多にないことだ。
普段は永倉の大飯食らいを主張する声に隠れているが、実は斎藤はその永倉並みに良く食べる。
一体あの細身のどこに入っていくのか、むしろ入っていったものはどこに肉付いているのか。
そう不思議に思えるほど良く食べる。
しかし今日は、まるで千鶴と間違うほどにしか食べていないようだった。

体調でも悪いのだろうか。
いやしかし、そんな風には見えなかったが。

原田はいよいよ斎藤の様子を訝しむ。
そんな原田の心配を他所に、永倉と藤堂は斎藤の残したおかずを我が物顔で口に運んでいた。



その晩、原田は斎藤を誘って飲み屋に繰り出した。
もちろん島原でも良かったが、斎藤はあまり島原の座敷を好まない。
斎藤を気遣っての酒の席だというのにその斎藤が嫌がる場所では意味がないと、原田は華のない飲み屋を選択した。

余計な世話かもしれない、とは思う。
しかし原田の知る限りこの斎藤一という男は、周囲に対する察しの良さとは裏腹に、自分のこととなると途端に疎くなるのだ。
そして元来の生真面目な性格ゆえに、どうも一人で無駄に悩んでしまう傾向が強い。
あまり思い詰める前に、誰かに吐き出した方が得策だろう。
そう考え、原田はその聞き役を買って出たのだった。

その内容はともかくとして、斎藤は元々無駄口を叩く性質ではない。
そうそう簡単に、胸の内を晒しはしないだろう。
そんな時、一番の潤滑油となるのはやはり酒である。

原田は気前良く、今日は奢りだと豪語して、斎藤に酒を注いだ。
そして、銚子が二本ほど空になったところで、そろそろ良いかと話を切り出した訳である。

「それで?今日はどうしたんだよ、そんな面して」



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