届かぬと知っていてもなお[1]
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自覚した感情は、まるで噴き出したマグマのように熱く迸った。
彼女への想いは日に日に大きさを増し、制御出来ない速度で膨れ上がる。

彼女に会いたい。
話しをして、触れて、口づけたい。
そんな欲求ばかりが胸中を渦巻いた。
だが、それは簡単には叶わなかった。

まず、彼女と俺とでは所属する部署が違い、立場も異なる。
同じ会社に勤めていても、そうそう顔を合わせることはなかった。
お互いの電話番号やメールアドレスを知っていれば話はまた違ったのかもしれぬが、彼女とは連絡先の交換をしていなかった。
何度も電話番号を聞こうとしたのだが、何と言って聞けば良いのか分からぬ俺は、今だにその11桁の番号を入手出来ないでいた。

彼女からも、俺に番号を聞いてくるようなことはなかった。
それはそうだろう。
恐らく彼女は、俺の連絡先など必要としていないのだ。

つまり俺が彼女と会うには、偶然を装って喫煙所付近で顔を合わせるしか術がなかった。
まさか用もないのに他部署に顔を出すわけにはいかぬからだ。
しかしそれも、なかなか上手くいかなかった。
彼女の喫煙のタイミングが一定であれば、もう少し頻繁に会えたかもしれぬ。
しかし彼女が喫煙所を訪れる時間は、日によって異なった。
可能性が高いのは昼休憩の間と、定時を少し過ぎた頃だ。
だがそれも決して毎日ではないし、時間も毎回差異がある。
部長という肩書きからも察せられる通り、忙しいのだろう。

そして俺も、大層な肩書きなど持たぬ平社員だとは言え、決して暇ではない。
そもそも、仮に暇だったとしても、そう頻繁に喫煙所に張り込んでいるわけにはいかなかった。
会社員としてもそんな不真面目で怠惰な職務態度は許されぬし、何より彼女がどう思うか考えるとそんなあからさまな行動には出られなかった。
常に彼女を待ち伏せしているなんて、ストーカーと言われても否定出来ぬだろう。
日に少なくとも二回は喫煙所の脇の自動販売機で缶コーヒーを購入し、その場で時間をかけて飲んでいるというだけで、既にストーカーに近いのかもしれぬ、という通念はこの際考えないことにしよう。
しかし、そんな俺の地道な努力はなかなか報われず、彼女の顔を見ることが出来るのは三日に一度程度だった。

彼女はあの飲み会以降、俺と顔を合わせると話しかけてきてくれるようになった。
もちろん周りには他の社員がいるため迂闊なことは口に出来ぬが、仕事の進捗状況や俺の体調を気遣う言葉などをくれる。
その、精々一分にも満たぬ会話ですら、俺の心臓は高鳴った。
彼女に会えなかった時にオフィスへと戻る足取りの重さとは打って変わって、彼女と話せた後は気分が浮き立った。

少しでも構わぬ。
どんな状況でも良い。
彼女と会うことが出来れば、俺はそれだけで幸せだ、と。

そう、思っていた。
今、この瞬間までは。


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