いつかこの涙が[5]
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月曜日の朝、私はいつもよりも早くに出勤した。
オフィスのロッカーに替えのスーツ一式があるので、それに着替えたかったからだ。
着替えを済ませて鏡を見ると、そこには明らかに目が腫れぼったくなった私がいて、思わず苦笑い。
昨夜、はじめのメールに泣きすぎたせいだ。

それでも、新しいスーツに着替えて髪を上げると、少しは気持ちも切り替わった。
とりあえず今は仕事に集中しよう、とデスクに向かう。

その時、バッグの中から微かなバイブの着信音。
手にとって見れば、そこには斎藤一の文字。
一瞬、出るかどうか迷った。
だが結局通話のアイコンはタップ出来ず、やがてスマホは静かになった。
その直後に届いたメールを開けば。

仕事に行っているのか。無理はしないでくれ。

はじめだって今から仕事だろうに。
そう思うとまた目頭が熱くなって、私は慌ててスマホをバッグに仕舞い込んだ。

次にスマホを確認したのは、昼休憩の時だった。
はじめも丁度休憩に入ったところだったのか、すぐにメールが届いた。

ちゃんと食事はとっているか。
今夜は、帰って来てくれるだろうか。
あんたに、会いたい。

昨夜から、私の涙腺は一体どうなってしまったのか。
またしても涙が溢れ、私は食事も忘れてトイレに篭った。
ようやく泣きやんでメイクを直し終えた頃には、昼休憩の時間が終わっていた。

そんな状態で、まさか仕事が上手くいくはずもなく。
ちょっとしたケアレスミスから、思いっきり残業をする羽目になった。
ようやく仕事を終えてみれば、時刻はすでに22時を回っていた。
今夜ははじめの家に帰ってちゃんと話そうと思っていたのに、こんな時間になってしまった。
少し気まずい。
それこそ、こんな時間まで何をしていた、と怒られるような時刻だ。
でも今夜は帰ると言った手前、千鶴の家には行きづらい。

「しっかりしろ、私」

小さく呟いて、私はエレベーターを降りた。
静まり返ったエントランスを通り抜け、自動ドアから外に出る。
暗くなってもなお肌に纏わり付くような熱気に溜息を吐いた、その時だった。

街灯の下に見つけた人影。
隙のないスーツと、暗闇に溶けるような紫紺の髪。
左手にビジネスバッグを提げた、見慣れた立ち姿。

「は、じめ…」

退社時の待ち伏せを、予想していなかったわけではない。
でも、今はもう22時を回っているのだ。
一体いつからここにいたのだろう。

ふと、顔を上げたはじめが、呆然と立ち尽くす私の姿を見つけた。
視線が絡む。
私は思わず気後れし、少し逃げるように半歩後退った。
だが、はじめの行動の方がうんと速かった。

はじめはあろうことか手に持っていたバッグを道端に放り出し、私に向かって駆けてきた。
そして、有無を言わせない力で私の身体を抱き締めた。
きつい抱擁と数日ぶりのはじめの匂いに、息が詰まった。

はじめは無我夢中とばかりに私を掻き抱き、屋外だというのに何度も額や蟀谷に唇を寄せてきた。
やがて頬や唇にも、まるで何かを確かめるかのように激しいキスの雨が降り注ぐ。
最後に私の肩に顔を埋めたはじめは、吐息と共にまるで泣いているかのような声を吐き出した。

「会いたかった…っ」

その瞬間、私の涙腺は再び決壊した。


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