いつかこの涙が[4]
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案の定といえば案の定、はじめからの着信とメールは絶え間なく続いた。
バイブ機能だけにしていても煩いスマホは、サイレントモードに切り替えてバッグに放り込んでしまった。
メールは見なかった。

その土日を、千鶴の厚意に甘えた私は全く外出せずに彼女の家で過ごした。
親から仕送りをしてもらっているらしく、千鶴の家は一人暮らしの女性の家にしては広かった。
同じ家の中にいても千鶴は私にあまり干渉せず、一人で考えるための時間を作ってくれた。

でも、いざ一人になってみたって、頭はちっとも冷静にならなかった。
当然、考えるのははじめのことばかり。
ちゃんとごはん食べてるかな、とか。
ちゃんと寝てるかな、とか。
そんな心配ばかりしてしまう。
これでは、家を飛び出した私が馬鹿みたいだ。

結局私は、ただ悲しかったのかもしれない。
はじめに信じてもらえないことが。
気持ちを疑われることが。


日曜の夜、世話になったお礼にと、私が夕食を作った。
といっても大したものではなく、あり合わせで作った炒飯とスープとサラダなのだが、千鶴は大絶賛してくれた。
あんたの作る飯は美味い、と笑ってくれたはじめを思い出した。

「明日ここから出社して、夜ははじめの所に帰ろうと思う」
「うん、分かった。…少しは、何か考えれた?」

その問いに、曖昧に笑って頷いた。

「なんかね、結局二人のことって二人で話し合わないと何も分からなくて。…ずっとね、はじめの言うことを一方的に聞いたり、内心で反発したりするだけで、ちゃんと二人で話し合ったことなかったなあって思った」

謝っておけばその場が収まるからと、自分を押し殺したり。
その裏で理不尽さに苛立って、でもそれをちゃんと伝えることは出来ず。
根本的に、どうして信じてもらえないのかと、はじめに聞いたことさえなかった。

「だから話、してみようと思う」

社会人になって、仕事が大変で、忙しくなって。
いつの間にか、はじめと真っ直ぐに向き合う時間が取れなくなっていた。
だから、すれ違ってしまったのかもしれない。

「そっか、分かった」
「ほんと、ありがとね千鶴。助かった」

そう言えば、千鶴はいつでもどうぞ、と笑ってくれた。


夕食の後、バッグの中から丸一日以上チェックすらしていなかったスマホを取り出した。
充電の切れかかったそれは、はじめからの大量の着信とメールを知らせている。
私はようやく、届いたメールを古い順に確認した。
一番古いものは、金曜の夜。
私が家を飛び出した直後のものだ。


ナマエ、どこにいるのだ。

電話に出てくれ。

無事でいるのか。

すまなかった。俺が悪かった。

頼むから、無事でいるのかどうかだけ教えてくれ。


そんな、私を心配する文面が5通。
そしてそれ以降が、私がしばらく帰らないとメールを送った後のものだ。


無事でよかった。

友人、とは誰だ。男だろうか。

あんたの言いたいことは理解したつもりだ。だが、一度でいい。声を聞かせては貰えぬだろうか。

食事はとったか。不自由はないか。大丈夫か、ナマエ。

電話に出てはくれぬだろうか。


メールの送信時刻は、夜中を越えた。
そして、翌朝まで続いた。


あんたがいない夜は、長い。

すまなかった、ナマエ。俺が悪かった。

あんたはちゃんと、眠れているだろうか。


金曜の夜、きっとはじめは一睡もしなかったのだろう。
土曜日、そして日曜日もまた、一時間に一度くらいの頻度でメールが届いていた。


大丈夫か。無事でいるか。

本当に友人の家にいるのか。どこかで一人でいたりはせぬだろうか。

俺に会いたくないのならば俺が家を出て行く故、帰って来てくれぬか。

ナマエ、あんたの声を聞かせてほしい。

帰って来てくれ、ナマエ。


「は、じめ…っ」

涙が零れた。
メールは苦手なくせに。
こんなにいっぱい、必死になってくれた。

はじめに、会いたかった。



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