いつかこの涙が[3]
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「普段はね、優しいんだよ。昔と何も変わらないの。照れ屋で、不器用で、口下手だけど、ちゃんと気遣ってくれて、大切にしてくれる」

だけど私がはじめの目の届かない場所に立った時、彼は豹変するのだ。

「ナマエはもう斎藤さんのこと、好きじゃない?」

そう、聞かれて。

「ううん、好きだよ」

即答だった。
ちっとも悩む必要なんてなかった。
千鶴は少し驚いたようだった。
それを見て、私自身も驚いた。

ほとんど無意識のうちに答えた、好きの一言。
そうだ。
私はそれでも、はじめのことが好きなのだ。
大学一年のあの頃から、ずっと。

側にいたいと思うのも。
キスをしたいと思うのも。
抱きしめてほしいと思うのも。
ぜんぶぜんぶ、はじめだけだ。

もちろん私にだって、他に男の友だちはいる。
でも、彼らとはじめは違うのだ。
他の人には決して抱かない感情を、はじめにだけは感じている。
他の誰を見たって、はじめよりも好きになることはないのに。

「信じて、くれないんだよね…」

事あるごとに、浮気を疑われた。
他の男と一緒にいたのだろう、他の男と連絡をとっていたのだろう、他の男を好いているのだろう。
はじめはそればかりだ。
私がいくら否定したとて、絶対に信じてくれない。
ただひたすら、私の行動を制限し監視しようとするばかり。

「好き、なのにね。もう疲れちゃったよ」

はじめと付き合い始めてから、私は一度だって他の男の人に目移りしたことがない。
むしろ、はじめが嫉妬深いのは学生時代から知っていたから、極力他の男の人には近づかないようにしていた。
男友だちとでさえ二人きりでは会わないようにしていたし、無闇にアドレスを交換しないようにもしていた。
今の職場は男性比率が大きいからなかなか難しいが、それでも他に女の子がいない飲み会には絶対参加しなかったし、親密になりすぎないよう気をつけていた。

それなのに。
はじめはまるで、私がいつも他の男の人に気があるような言い方をする。
どうして信じてもらえないのだろう。
はじめのことが、分からなかった。

「ねえ、ナマエ」

いつの間にか一人で悶々と考え込んでいたところに、千鶴の声。
はっと顔を上げれば、そこには気遣うような控えめな笑顔があった。

「しばらくさ、うちに泊まらない?」
「…え?」
「土日だし、平気でしょ?服なら貸せるし、寝るスペースもあるよ。その後も、スーツの替えなら私のを着ればいいし、化粧品とかも私ので大丈夫でしょ?」

下着が気になるなら明日買いに行けばいいし、ブラウスとかも余裕あるから、と。
千鶴は、私が口にしてもいない懸念事項を次々と潰していく。
そして、戸惑ったままの私にこう言った。

「少し距離を置いて、一人で考えてみたら?お互いにね、見えなくなっちゃってるもの、あると思うよ」

その言葉が、すとんと胸に落ちてきた。

「…彼氏、大丈夫?」
「もう!平気だってば!平助君も一人暮らしだから、会いたくなったら向こうに行けばいいんだし」

そう言って照れたように笑った千鶴を、今度は素直に可愛いと思えた。

「じゃあ、甘えることにする」
「うん。あ、斎藤さんに連絡はしておいた方がいいと思うよ」

そう言われ、少し気が重くなったけど、千鶴の言う通りだと分かっていたからバッグの中からスマホを取り出した。
そして、そのディスプレイを見て驚いた。

着信が18件と、メールが5通。
留守番電話のメッセージも、何件か入っている。
その全てが、はじめからだった。

心配してくれたのだろう。
きっと今も心配しているのだろう。
でも今は、はじめが何を思って何を感じたのか知りたくなかった。
だからメールは見なかったし、留守電も聞かなかった。



宛先: 斎藤 一
件名: ごめんなさい

いま、高校の友だちの家。突然出て行ってごめん。
頭冷やしたいから、しばらく帰らない。一人で考えたいことがあるからメールも電話もしないけど、心配しないで。
勝手でごめん。

はじめ、ちゃんとごはん食べてね。




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