この距離を飛び越えて[3]その後の俺の行動は、後から考えれば相当に可笑しかった。
そのくらい、動揺していたのだ。
俺は通話ボタンを押すことも、自動ドアのオートロックを解除することもせず、部屋を飛び出した。
そして玄関にあった革靴を引っ掛けると、エレベーターも待たずに階段を駆け下りた。
「ナマエ!」
階段を全力疾走した勢いのままロビーを横切り、自動ドアの向こうに見えた姿に名を呼んだ。
所在なさげに佇んでいた彼女が、はっと顔を上げる。
俺は半ば体当たりするような勢いで自動ドアを抜け、彼女を抱き寄せた。
何故ここにいるのか、とか。
先日はすまなかった、とか。
聞きたいことや言いたいことが、山ほどあった。
だが俺の口から出たのは、たったの一言だった。
「会いたかった…っ」
一ヶ月ぶりに触れた温もりに、腕の力が強まる。
掻き抱いてその首筋に顔を埋めれば、懐かしい彼女の匂いがした。
彼女の腕が俺の背に回される。
それだけで、脳髄が溶け出しそうな幸福を感じた。
一ヶ月分の寂しさを埋めるように、感じていた不安を取り払うように。
その身体をきつく抱き締める。
疲れているだろうに、きっと朝一で向こうを発ったのだろう。
会いに来てくれた彼女に、愛おしさが募った。
やがて、彼女が少し離れて俺を見上げて。
「来ちゃった」
そう、戯けたから。
思わず笑いが漏れた。
声を上げて笑ったのは、久しぶりだった。
「あんたって人は…、何故事前に連絡せぬのだ。知らせてくれていれば空港まで迎えに行ったものを」
「だって。電話じゃ埒があかないんだもん」
それを言われると痛いものがある。
ぐ、と言葉に詰まった俺を見て、今度は彼女が可笑しそうに笑った。
「ほんと、苦手だよね電話」
「す、すまぬ」
すっかり見抜かれていたらしく、どうにも居た堪れない。
しかし彼女は何を責めるでもなく、ただ笑っていた。
そして、足元に置いていた少し大きめのバッグを拾い上げて。
「泊まっていって、いい?」
そう、見上げてきたから。
所構わず、もう一度彼女を抱き締めた。
これで、俺の今日のランチは彼女に決定だ。
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