この距離を飛び越えて[2]
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翌日の夜、帰宅した俺は自室のリビングでソファに腰を下ろし、手元のスマートフォンを睨みつけている。

発信履歴の一番上。
見慣れた名前をタップしようとして思い留まり、ホーム画面に戻る。
そしてまた発信履歴を開く。
かれこれ数十分、同じ動作を繰り返していた。

昨夜の会話が甦る。
俺の電話は迷惑かと、そう聞いた。
彼女は否定した。
だが、実際のところはどうだったのだろう。

彼女が諸事情で北海道支社に半年間出向することになってから、約一ヶ月。
俺は毎晩欠かさずに彼女に電話を掛けていた。
少しでもよい、声を聞きたかった。
声を聞いて、安心したかった。
しかし、そう思っていたのは俺だけだったのだろうか。

無理して掛けなくていいのに、と言った彼女の言葉が忘れられない。
それは彼女なりの気遣いだったはずなのに、実は俺から掛かってくる電話を疎んでいたのではないかと深読みしてしまう己がいる。

俺は深く溜息を吐き、スマートフォンをソファに放った。

結局その晩、俺は彼女に電話を掛けられなかった。
彼女からも、掛かって来なかった。
その事実に、思っていたよりもずっと傷ついた。


そして、憂鬱な気分で迎えた土曜日の朝。

スマートフォンを確認してみても、夜中に着信があった形跡はない。
勝手な八つ当たりで通話を切った木曜日の夜以降、彼女からの連絡は一切ない。

怒らせてしまっただろうか。
下らない嫉妬をした俺の幼稚さに、呆れただろうか。
それとも元々、頻繁な連絡を手間だと感じていたのだろうか。

今日は土曜日。
彼女も仕事は休みのはずだ。
いま電話すれば、話せるだろうとは思う。
だが、もし彼女が出なかったら。
また仮に出たとして、忙しいと切られてしまったら。
そう考えると身体が竦み、電話をかけることが出来なかった。

メールにしようかとも思ったが、上手い文面が思い浮かばず。
結局俺は午前中いっぱいを、鳴らないスマートフォン片手に悶々と過ごす羽目になった。

故に電話は好かぬのだ。
このちっぽけな電子機器に、何故か愛情を計られているような気になる。


いい加減に食事をしようかと、ようやくスマートフォンを放り出したその時。
ソファの上で、それは唐突に振動を始めた。
飛び付くように拾い上げ、画面を確認する。

そして、そこに表示された名前に心底落胆した。

沖田 総司

別に総司に悪気がないのは分かっているし、そもそも総司が悪いわけでもない。
だがあまりのタイミングの悪さに、膨らんだ期待が一瞬にして萎んだ。

「もしもし」

しかし出ないわけにもいかぬと通話に切り替えれば、回線の向こうから能天気な声が聞こえてきた。

『あ、一君?いまどこ?』
「総司、突然何だというのだ」
『いいからいまどこ?』
「家にいる」

相変わらず、人の話を聞きもせずに強引に進められる話。
普段ならば慣れたものだと気にしないはずのそれが、今はやけに癪に障る。

『わかった、ありがとう』

しかし俺の不機嫌な声音など総司が気にするはずもなく、飄々と返して。
そして、そのまま通話は切れた。

一体何だったのだと、スマートフォン片手に立ち尽くす。
しかし、家にいるかどうかを確かめてきたということは、まさか押し掛けてくるつもりだろうか。
今日は到底そんな気分になれそうもない。
何と言って帰らせようか。

そんなことを考えているうちに、予想通りインターフォンの音が鳴った。
俺はモニターに歩み寄り、どういうつもりだと怒鳴りつけようとして、そこに映っていた姿に息を呑んだ。

マンションのロビーを映す、モニター画面の真ん中。
そこに立っていたのは、総司ではなかった。

「ナマエ…」

何故彼女がここにいる。
彼女は北海道にいるはずなのに。
だがモニターに映るのは、間違いなく彼女だった。



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