曖昧な境界線を越えて[2]
bookmark


二十歳を越えれば、彼女に近づけるのだと思っていた。
彼女と同じ大人になれるのだと、そう信じていた。

そんなことは、なかった。

所詮俺はただの学生で、仕事だってアルバイトだ。
一方の彼女は社会人として一流企業に勤め、毎日朝から晩まで仕事に打ち込んでいる。
当然俺よりもずっと忙しく、会うことはおろか連絡さえ頻繁にはとれなかった。
平日は、メールのやりとりが二往復あるかないか。
週末は出来るだけ一緒に過ごそうとしてくれていたが、ここ最近は展示会があるとかで休日も出勤しており、なかなか会えていなかった。

もちろんそれは、仕方のないことだ。
それは理解している。
だが、寂しくないと言えば嘘になった。
もっと会いたいと、もっと一緒にいたいと、そう思っていた。

それなのに。

ようやく会えたはずの今、彼女は俺ではない他の男と楽しげに話している。
その内容は、学生時代の懐かしい思い出話からお互いの仕事の話まで、俺には理解の及ばない領域で。
他の男と笑い合う彼女を、俺はただ黙って見ていた。

この男みたいに、彼女と同じ年齢だったなら、同じ社会人だったなら。
もっと、彼女と一緒にいられたのだろうか。
こんな風に、彼女の無邪気な笑顔を引き出せたのだろうか。


「も、なにそれトシ、駄目でしょそれ」
「うっせえよ、ほっとけ」

伸ばされた男の手が、彼女の髪をぐしゃりと乱す。
もう、限界だった。
俺は鞄の中から財布を取り出すと一万円札を一枚抜き、バン、とテーブルに叩きつけた。

「先に帰ります。どうぞごゆっくり」

己でも驚くほど、冷たい声が出た。
だが、今更取り消すつもりもなかった。
席を立ち、鞄を手にその場を去る。

「はじめっ!」

背中越しに聞いた彼女の声が、頭から離れなかった。


情けない。
彼女は何も悪くなかった。
久しぶりに大学時代の友人と再会したのだ、積もる話があるのは当たり前だ。

これは俺の、みっもとない嫉妬だ。

あの男に、嫉妬した。
俺を彼女の弟かと聞いた、あの男に。
悔しいほど、整った顔立ちだった。
仕草や滲み出る雰囲気は、大人の男そのものだった。
彼女と二人並んだ姿は、まさに恋人同士のようだった。
間違っても、弟だなんて思われることはないだろう。
俺が欲しいと思っていた立場を、全て持っていた。
それがただ、羨ましかった。

どうしてあと数年、早く生まれることが出来なかったのだろう。
そうすれば、こんな子どもみたいなつまらない嫉妬心で彼女を困らせることもなかった。
あの男みたいに、彼女の隣に並ぶと似合って見えたかもしれない。


震えるスマートフォンは、先程から何度も彼女からの着信を告げている。
だが、通話の文字をタップすることは出来ず。
それを鞄の奥底に仕舞い込んだ。



prev|next

[Back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -