とらわれたのは私か[1]
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「お疲れ様でしたあああっ!」


今日は無礼講だ、どんどん飲んでくれ。

そんな有難いお言葉を受けて開催された、とあるプロジェクトの成功を祝した飲み会は、まるで学生サークルを想起させるようなハイテンションの音頭で幕を開けた。

無理もない。

この半年間、プロジェクトのスケジュールが過密すぎて、仕事上がりに飲みに行くような気力を残して就業時間を終えた日などなかったのだ。
その反動だと思えば、明らかに隣の隣の座敷まで聞こえたであろう乾杯の音頭なんて可愛いものだ。

かく言う私も久しぶりに味わう解放感に、手元に回ってきたビールジョッキの中身を一気に半分ほど流し込んだ。
夏の仕事上がりの一杯、しかもプロジェクの成功を祝したものとあれば尚のこと。
この喉越しは格別だった。

1時間も経てば、座敷は酔っ払いで溢れ返った。
そこそこ酒に強いメンバーが集っているはずなのだが、きっと嬉しさのあまり羽目を外し過ぎたのだろう。
左之はなぜか上半身裸で新八と追いかけっこをしているし、平助はそれを見ながら訳の分からない声援を送っている。
片や座敷の片隅では、一君と総司が飲み比べと称して一升瓶をラッパ飲みしていた。
それを止めようと、千鶴ちゃんが必死になっているのが見える。
私は笑いながら、プロジェクトの中心となって頑張ってくれた彼らを見ていた。

皆、本当に良くやってくれた。
普段なら眉を潜めたくなるようなはしゃぎっぷりにも、今日は目を瞑ろう。

そんなことを考えながら、もう何杯目かも分からない焼酎のグラスを手に取ったその時。
不意に、背後から近づく気配。
肩越しに振り返れば、そこには見慣れた後輩の姿。

「トシ君」

その名を呼べばトシ君は私の隣に並び、持っていたグラスをテーブルに置いてから胡座をかいて座った。
その頬がいまだに平常と変わらない色を見せていることからして、このグラスの中身がウーロンハイだというのは嘘だろう。

「飲んでる?」

そう分かっていても揶揄したくなって問えば、トシ君はバツの悪そうな顔をした。
長めの前髪、そこから覗くは桔梗色が綺麗な切れ長の眼。
顔立ちは端正でスタイルも良く、仕事の能力だって人並み以上。
明らかに女子にモテそうな二枚目の彼は、実はかなりの下戸という意外で可愛い一面を持っている。

「うるせえよ」

それをどこかコンプレックスと捉えているらしい彼は、案の定不貞腐れたような声を出した。

「ふふ、ごめんごめん。ほら、とりあえず」

そう言って手元のロックグラスをトシ君の方に寄せれば、その意図を理解してくれたトシ君が自称ウーロンハイの入ったグラスを軽くぶつけてきた。

「乾杯」

かちん、とグラスの重なる音。
氷が溶けて少し薄くなった焼酎を、ぐい、と飲み干した。
酒には滅法強い私と、全く酒を口にしていないトシ君。
私たち二人の座るこの空間だけが、周りから切り取られたかのように静かだった。

私が、相変わらずの馬鹿騒ぎを呈する集団を眺めつつ、焼酎のボトルを手に取ると、トシ君が横からそれを奪っていった。

「貸してみろ」

どうやら、酌をしてくれるらしい。
珍しい気遣いを意外に思いつつも、素直にグラスを差し出す。
とくとく、と注がれる液体の向こう、トシ君が唇の端を緩めたのが分かった。
酒は飲めずとも、彼は彼なりにこの空間を楽しんでいるのかもしれない。

「ありがとう」

礼を言ってから、注がれた酒を一口含んだ。

「うん。やっぱり美人さんにお酌してもらうと美味しいね」
「…誰が美人さんだ、誰が」

いつもは酌なんてしないトシ君を揶揄えば、彼は露骨に顔を歪めた。
それでも男前なのだから、なかなかに憎い話だ。





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