降り注ぐ熱を[3]
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俺は安堵していた。

結局、彼女の真意は分からない。
しかし、それがどういった類のものかはともかく、彼女は俺に好意を持ってくれているらしい、ということは分かった。
嫌われてしまったのではないかと不安に思うくらいには、俺のことを好いてくれているらしい。
それが、同じ職場の仕事仲間としてなのか、飲み友達のような感覚なのか、その辺りは良く分からぬ。
だが、適当に遊んで捨てようとしたわけではなさそうだ。
今は、それだけで十分だと思った。

だから、つい気を緩めすぎたのだ。

「仲直り、ね?」

不意に、意図してゆっくりと紡がれた言葉が降ってきた。
気がつけば、彼女が椅子から立ち上がり、俺の前に立っていた。

「…ナマエ、さん?」

まさか、と思った時にはもう遅かった。

「、なっ、おい!」

太腿の上に感じた、重みと温もり。
彼女の腕が、首の後ろに回される。

椅子に座ったままの俺の膝の上に、彼女が乗り上げてきたのだ。

太腿の上の柔らかな感触と、首筋を撫でる滑らかな皮膚。
目の前には、ジャケットの上からでも分かる胸元。
少し見下ろす形になるせいで、開いた襟から僅かに覗く胸の谷間。
そんなところを凝視するのは失礼だと慌てて上を向けば、艶やかに笑った彼女が俺を見下ろしていた。

こんな角度から彼女を見るのは初めてで、心臓が早鐘のように暴れ出す。
それなのに、逸る鼓動とは裏腹に、脳は霧が掛かったかのようにぼんやりとし始めた。
きっと、僅かに香った煙草の匂いのせいだろう。
いつの間にか、この匂いも嗅ぎ慣れたなと、そんな場違いな思いが頭に浮かんだ。

至近距離で俺を見下ろした彼女は、先程まで無邪気に笑っていた人と同じ人物とは思えないほど、艶やかに唇を歪めた。
今にも上半身がくっつき、抱き締め合うような格好になりそうなこのシチュエーションに、俺の顔は恐らく真っ赤だろう。
やり場に困った俺の両手は、無意味に宙を掻いた。

そして。

仲直りの口づけ、とでも言うつもりだろうか。
上から、薄桃色の唇が降ってきた。
それを、己の唇で受け止めた。

重なった唇は甘く、混ざる吐息は官能的で、絡まった舌は苦い。

そもそもここは職場で、会議室には鍵など掛かっていなくて、いつ誰が入って来るとも分からぬ状況だ。
どう考えても最適とは言えない環境なのに、それにさえ興奮を覚える己がいた。

職場で、上司の女性に乗られ、与えられた口づけに溺れる。
その状況に、どうしようもないほど欲望が刺激される。
しかしそれは、相手が彼女だからだ。

何度も言うようだが、俺はそういった欲には淡白な方だし、まさかそれを目当てに女性を見たこともない。
ならばこの、理性も道徳心も全てを凌駕する勢いで湧き上がる劣情は、彼女を思うが故なのだろう。

首に回された腕の温もりが、膝の上に乗る太腿と尻の柔らかさが、そして触れた唇の甘さが。
俺の理性を奪っていく。

「…ん、」

ふくよかな唇の隙間から微かに漏れた彼女の声に、脳天が痺れた気がした。
急激に加熱した欲情が、背筋を這い上がる。
下肢を直撃した甘い音に、腰が震えた。

「…ぅ、ん…」

彼女の舌の動きが、一層激しくなる。
吐息も唾液も絡みつく舌も、どこからどこまでが己のものなのか、最早分からなかった。








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