降り注ぐ熱を[1]
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彼女が欲しいと、叫ぶ心。
傷つきたくはないと、逃げる身体。



「斎藤」

彼女を置いて帰った、その翌日のことだ。

オフィスに戻るなり俺を呼んだ土方部長の声に、俺は作業の手を止めて立ち上がった。

「はい」

恐らく、朝一番の会議が終わったところだろう。
火曜日は、全部署の部長が集まる報告会がある。

「14時になったら、第三会議室に行ってくれ」
「…第三会議室、ですか」

唐突な指示に戸惑っていると、土方部長はこう続けた。

「商品開発部のミョウジから伝言だ」

思わず、息を飲んだ。
その名前に、心臓が嫌な音を立てて拍動を乱した。

金曜日の飲み会で、彼女が商品開発部の部長を務めていることは聞いていた。
お互いの仕事の話もした。
しかし、こんな風に呼び出されるような事案はなかったはずだ。

「…承知しました」

恐らく彼女は、報告会で顔を合わせた時に、土方部長にこの伝言を頼んだのだろう。
一体、どんな要件だと説明したのか。
そもそも、建前はどうであれ、まさか俺を呼び出すのに土方部長を使うなんて。

その後14時まで、俺の仕事が捗らなかったのは言うまでもないだろう。


約束の時間。
俺は第三会議室の扉をノックしてから、中に足を踏み入れた。

「失礼します」

そう言って一礼したのは、この呼び出しがオフィシャルなものなのか、それともプライベートなものなのか、判断がつかなかったからだ。

「斎藤君。ごめんね、忙しいところ」

中には、数ある椅子の中の一つに腰を下ろした彼女がいた。
昨日振り返れなかった姿が、そこにあった。
あれからまだ24時間も経っていないというのに、随分と会っていなかったような気がした。

「座って」

彼女はそう言って、隣の椅子を引いた。
俺は戸惑いつつもそこに腰掛け、持っていた仕事用の手帳をテーブルに載せた。

「…それで、ご用件というのは」

彼女の意図が全く読めていない俺は、非常に緊張していた。
先ほど機械的に胃に流し込んだ社食のAランチ定食を、吐き戻しそうな気さえした。

もし面と向かって、俺とのことはただの暇潰しだったと言われてしまったら。
もう関わる気はないと、そう言われてしまったら。
昨夜逃げたのは俺だというのに、今度は俺が彼女に逃げられることを恐れている。

しかし、彼女から返ってきたのは意外な言葉だった。

「私、何か気に障るようなこと、しちゃった?」
「…なん、だと?」

真正面の壁を睨みつけていた目を横に向ければ、困ったように眉尻を下げた彼女がいた。

「昨日の態度、変だったから。私もしかして、酔っ払って何か言っちゃったかなあと思って」

そこに、いつもの強気で強引な彼女はいなかった。
凛と澄んで洗練された雰囲気の彼女もいなかった。
ただ、不安げに俺を窺ってくる、揺れた瞳があった。

「…ちがう、のだ」

彼女のことをずっと、綺麗だと思っていた。
美しいと、思っていた。

「…あんたが、悪いわけでは、ない」

いま初めて、彼女を可愛らしいと思った。

「だったら、どうして」

見つめてくる瞳に、誤魔化すわけにはいかぬと思った。



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