冷酷な足音と共に[3]
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「そろそろ出ようか」

その台詞に促されてバーを後にしたのは、22時を少し回ったところだった。
結局お互いにグラスを五杯ずつ空け、ほろ酔い気分、といったところだった。
すっかり真っ暗になった夜空の元、彼女が駅の方向に歩き出す。
俺はそれに付き従った。

そろそろ出ようか、と言われた時。
俺は微かな期待と緊張感を自覚していた。
この後の展開を、考えたのだ。

しかし。

「今日はありがとう、楽しかった」

彼女が笑顔で発した別れの一言に、期待は脆くも崩れ落ちた。
その口調には、欠片の名残惜しさも躊躇いもなく、さも当然と言わんばかりの響きだけがあった。

「あ、ああ。こちらこそ、その、楽しかった」

まるで、口が自分のものではないかのように。
無意識のうちに、俺は当たり障りのない言葉を返していた。
それに対しても、彼女は柔らかく笑うだけ。

「じゃあ、私こっちだから」

彼女はそう言って挙げた右手を軽く振ると、俺に背を向け颯爽と歩き出した。
アルコールが入っているとは思えないほど、確かな足取りだった。

俺はその背を、ただ呆然と見送ることしか出来なかったのだ。


土日を挟んで週明けの月曜日になっても、俺はまだあの時のショックから立ち直れていないままだ。

決して、元々そういうつもりだったのではない。
身体が目当てだなんて、そんなことは微塵も思っていなかった。
しかしどこかで、期待していたのだ。
彼女ならば俺に、もう少し奥まで踏み込ませてくれるのではないか、と。
あの、熱を共有した口づけのように。
お互いの深くにある何かを、共有しようとしてくれるのではないか、と。
そう、自惚れていたのだ。

彼女にそんなつもりがなかったことは、今となっては明白だ。
彼女は確かに恋人ではない男と口づけを交わすような、少し軽い部分を持ち合わせているかもしれない。
だが、きちんと土方部長に操を立てているのだ。

そんな当たり前のことにも気付かずに、熱に浮かされ舞い上がっていた俺は、ただの滑稽でしかない。


だが、己の馬鹿さ加減を自覚した俺にも、一つ理解出来ぬことがあった。


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