冷酷な足音と共に[2]
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「斎藤?なんだお前、どうした?」

ぼんやりと歩いていた俺は、聞き慣れた土方部長の声に慌てて顔を上げた。
訝しげな視線を向けられる。
気がつけば俺は、何故か喫煙所の前にいた。

「あ、いえ、その、コーヒーを、」

咄嗟の言い訳は、かなりしどろもどろになった。
しかし土方部長はそれに納得してくれたのか、ああと頷いた。

「そういえばお前、いつもあの自販機でコーヒー買ってたな」

俺はと言えば、無意識のうちに喫煙所まで足を運んでいた己自身に、そして出会ってしまった人に、一人勝手に落ち込む羽目になった。


あの、金曜日の夜。
今日はありがとうね、と笑った。
俺はその背を、見送ることしか許されなかった。


「今日はもう上がれたんだろ?早めに帰って休めよ」

土方部長の労いの言葉に頷き、頭を下げる。
コーヒーを買いに来たと言ってしまった以上、手ぶらで帰るわけにもいかず、俺は自動販売機に立ち寄った。


俺は決して、彼女を貞操観念の薄い女性だと認識していたわけではない。
そんなつもりはなかった。
むしろ、長く土方部長と交際を続けているのだ。
一途な女性だろうと思っていた。

だが、心のどこかで期待していたのだ。

言い訳をするならば、あの口づけだ。
あんな情熱的かつ積極的に、俺の唇を何度も奪った彼女だから。
それが決して恋情だとか思慕だとか、そんな感情ではなかったとしても。
何か、俺に対して思う部分があるのではないだろうか、と。
そう、期待していた。

俺は決して、性行為を求めて彼女に近づいたわけではない。
喫煙所で初めて会ったあの日から、あの金曜日の夜まで。
確かにきっかけは、彼女の口づけだったかもしれない。
だが決して、性行為を求めて飲みの誘いに乗ったわけではなかった。
ただ、もっと彼女のことを知りたいと、そんな気持ちだったはずだ。

だが、あの夜。
俺は確かに、裏切られたような気分になったのだ。
まるで、飼い主に捨てられる仔犬のような気分で。
何故だと、思ったのだ。





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