冷酷な足音と共に[1]
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人間とは、浅ましい生き物だ。

勝手に期待し、勝手に裏切られた気分になり、そして勝手に落ち込む。

そう、俺は期待していたのだ。
意識していたわけではない。
だが、恐らくそうなるだろうと、心のどこかで決めてかかっていたのだ。

その読みが、ものの見事に外れた。
己の愚純さに嫌気が差すほどだった。
そして、どうしようもないほどに落ち込んでいる。
端から期待などしなければ、こうはならなかっただろうに。
しかし、そのような後悔は後の祭り。
今更、事実辿った展開に納得しようだなんて、するだけ無駄な努力でしかないのだ。


「一君さ、明日の夜空いてる?」
「空いていない」

終業後のオフィス。
帰り支度を整えているところに、総司が近寄ってきた。
総司のこの誘い方には碌な思い出がない。
だから瞬時に断った。

「えええ、つまんない。せっかくの合コンなのに」
「俺はそういったものは好まぬと、何度言えば分かるのだ」

案の定だ。
俺には、見知らぬ女性と共に酒を飲んで騒ぐような趣味はない。
故に、合コンとやらの誘いに乗ったことはない。
左之や平助は喜び勇んで参加するらしいが、俺にはその気が知れない。

「全く。一君ってば、本当に女の子に興味ないよね」

総司の言葉に、ぐ、と喉が詰まった。
図星だったからではない。
脳裏に浮かんだ人が、いたからだ。

「…別に、俺が女性に興味があろうとなかろうと、あんたに口を出される筋合いはないだろう」
「僕は心配して言ってるんだよ一君。たまには女の子に癒されて色々吐き出さないと、身体に悪いよ」

職場という環境での発言としては些か問題のある台詞が飛び出したので睨みつければ、総司は悪びれた様子もなく肩を竦めた。

「真面目なのもいいけどね、たまには息抜きしないと」

総司は尚も言い募る。
繰り出される言葉に、脳内の映像が徐々に鮮明になっていった。

思い出す、あの熱を。
あの唇を、あの匂いを。

あの日、どこかで期待していた温もり。
この腕に抱けるのではないか、と。

「一君?ちょっと、どうしたの?」

期待、していたのだ。

「…何でもない。総司、余計な気遣いは無用だ」
「ふぅん。まあいいや、また誘うよ」

そう言って、総司はひらりと手を振るとオフィスを出て行った。
その背を見送りながら、知らずのうちに漏れた溜息。
俺は鞄を掴んで立ち上がった。

総司の言うことが、理解出来ぬわけではない。
女性と遊んでばかりもどうかと思うが、程良い息抜きが必要だという意見は一理あるとも思う。
俺とて一人の成人男性だ。
人より淡白だとは思うが、だからといってそのような欲が全くないと言えば嘘になる。

しかし昔から、その手のことは苦手だった。
そもそも人付き合いが苦手なのだ、その相手が女性に限定されたとて得意になるはずもない。
どちらかというと、煩わしいとさえ感じていた。
そしてその煩わしさに耐えてまで、欲求を満たしたいと思ったことはなかった。

それが、今はどうだろうか。





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