甘い毒と苦い舌[2]
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俺の不審な挙動に何を感じたのかはともかく、彼女はくすりと小さく笑った。
俺は顔を上げられず、意味もなくチョコレートの入った器を凝視し続けた。

「よかったら、斎藤君も食べてみて」

その口調に、不快な色はない。
そのことに安堵して、俺はようやく彼女に向き直った。

「俺は、甘いものはあまり好まぬ故、」

そう断ると、彼女は特に驚いた素振りも見せずに微笑んだ。

「ふふ、そこはイメージ通りかも」

そう言って、彼女は煙草を左手に持ち替えると、右手を伸ばして器の中のチョコレートを一つ摘まんだ。
口元に運び、小ぶりなそれを半分ほどかじる。
そしてあろうことか、残った半分を俺の唇に押し付けてきた。

「、なっ、」

驚いて声を上げようとした俺の半開きになった唇から、チョコレートが入り込む。
気が付けば、口の中いっぱいにチョコレートの味が広がっていた。

「カカオ68パーセント。ビターチョコレートだから、あんまり甘くないでしょう?」

正直、それどころではなかった。
舌が機能していないのか脳が機能していないのか、どちらにせよ細かな味の違いなど碌に分からない。
機械的に口の中のチョコレートを咀嚼し嚥下こそしたものの、俺は呆然と彼女を見ていた。

「口移しの方がよかった?」

そんな俺を見つめ返しながら彼女が落とした爆弾発言に、俺は固まった。

「…あ、あんたはっ、」

一拍遅れて焦った声を上げれば、彼女は愉しげに笑う。
すっかり良いように遊ばれている気分だった。
しかしそれを、どうしても嫌だと思えない己がいることもまた確かで。
俺は複雑な心境を誤魔化すべく、グラスを煽った。

俺の予想通り、彼女は酒に強かった。
その後、二杯三杯とグラスを重ねたが、酔った素振りを見せることはなかった。
グラスが変わるのと同時に、彼女の灰皿も取り替えられた。
だがその吸うペースは、重度のヘビースモーカーらしい土方部長よりも幾分か遅いように見えた。

俺は、左隣から漂ってくる煙草の匂いに、終始劣情を煽られ続けた。
時折、咥える唇にまで視線を持っていかれた。
その紅色やその匂いは、必然的に俺の思考を彼女との口づけの記憶に結びつける効果があった。
あの、苦くて甘い、全てを奪っていくような熱烈な口づけの記憶を、俺は脳内で何度も再生した。

店に入ってから約二時間。
既に何度か、彼女の肩を無理矢理引いてその唇に噛み付いてしまいたい、という衝動が沸き起こっていた。
その度に俺は、グラスを口に運ぶことで己の暴走を未然に食い止めた。
彼女の唇と漂う煙草の匂いは、理性を蝕む毒のようだった。



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