[45]いつか永遠の眠りにつく日まで
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風間様がそのまま黙り込んだため、二人の間はまた無言になってしまった。
だがそれが嫌だとは思わなかった。
いつからだろう。
最初の頃は気詰まりで仕方なかったこの空気が、いつの間にか居心地の良い空間となったのは。

風間様は何も言わなかったが、どうやら機嫌が良いらしく、口元はずっと微かな弧を描いていた。
その紅玉も、どこか穏やかだ。
今宵の酒が美味しいのだろうか。
私も少し飲ませてもらっているが、確かに口当たりが良く上品な味わいだった。

やがて三本目の銚子が空になり、晩酌の時間は終わりを迎える。
私は風間様から受け取った盃と空いた銚子とを盆の上に載せ、襖の側に寄せた。

風間様が口を開く。
いつもと変わらない、一日の締め括りだ。

「どうだ。我が妻となる気になったか」

この問いを聞くのは、何度目だろうか。
最初に聞かれた時は、耳を疑ったものだった。
その後、ほとんど毎夜聞いてきた台詞。
否と答え続けてきた日々。
それは、私が風間様に惹かれていった日々。

すっと、背筋を伸ばした。
風間様の双眸を、真っ直ぐに見つめて。

「……はい」

初めてこの問いに、頷いた。

私の答えを聞いた時の風間様の顔を、私は恐らく一生忘れないと思う。

「……何だと」

自分で聞いておいて、まさか私の声が聞こえなかったはずなどないのに。
風間様は目を見開き、唖然とした声でそう聞き返した。
そんな無防備に驚いた顔を見たのは初めてだった。
きっとこの先、まだまだたくさん知らない顔を見ることが出来るのだろう、と。
そう思った私は、自然と笑っていた。

「不束者ではございますが、どうぞよろしくお願い申し上げます」

三つ指をつき、私は深く頭を下げた。

「……ナマエ」

しばらく頭を下げたままでいると、いつもよりも殊更ゆっくりと名を呼ばれた。
顔を上げればそこには、見たこともないほど綺麗に笑う風間様がいた。
細められた双眸が、柔らかい紅色を湛えていた。
その表情に、言葉を失くして魅入った。

次の瞬間。

「、ひゃっ!」

急に伸びてきた風間様の右手が私の左手を掴み、そのまま彼の方へと引き寄せられた。
不意にぶれた視界に驚いて目を瞑る。
何かあたたかいものに包まれてゆっくりと目を開ければ、いつの間にか私の身体は風間様の腕の中にあった。
風間様が胡座をかいた脚の上に乗せられ、見かけよりもずっと逞しい両腕にきつく抱きしめられてした。

「かっ、風間様っ」

慌てふためいて距離をとろうとした私の後頭部を風間様が難なく抑え込み、胸元に押し付けられる。
風間様が着物を着崩しているせいで頬に素肌が当たり、伝わってくる熱に心の臓が高鳴った。

「千景、だ」

頭上から降ってきた音。
その意味を理解するのに少しの時間がかかり、そして理解した途端に顔が火照った。

「……ち、かげ、さま……」

恐る恐る、初めて唇に乗せた音は、なぜかとても愛おしかった。
頭上で千景様の笑う気配がする。
だが私の顔は千景様の胸元に埋められていて、見上げることは叶わなかった。
どんな顔で笑っているのか、見てみたいと思った。

「……お顔を、見てはいけませんか?」

だから、素直にそう聞いてみた。
胸元から伝わってくる鼓動の音が、少し速まった気がした。
後頭部に置かれた千景様の手が、ゆっくりと私の背に回る。
それを私の問いに対する答えだと捉えた私は、そっと顔を上げてみる。
見上げた先、真っ直ぐに見下ろしてくる千景様の視線にぶつかった。
細められた紅色と、三日月を描く唇。

「待ちくたびれたぞ、ナマエ」

やがて落とされた言葉に、胸がいっぱいになった。
今度は私から、千景様の背に腕を回す。
金糸が跳ねる肩口に顔を埋めれば、良く知った千景様の匂いがした。

抱きしめてくれる力強い腕。
髪を優しく撫でてくれた大きな手。

この瞬間の温もりを頼りに、私はこの先何があっても戦える、と。
そう、思った。



愛を護るそのために
- 私は貴方と共に歩く -


第一部 完



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