[44]辿ってきた夢の足跡
bookmark


夕刻の散歩から戻り、共に夕餉をとった。
その後私は、晩酌の支度をして風間様の部屋を訪ねた。

風間様は相変わらず片方の膝だけを立てた姿勢で壁に凭れ、気怠げな雰囲気だ。
この人は、不思議な人だと思う。
こんな風に緩慢な仕草で酒を飲むかと思えば、常人には理解出来ないような速さで人を殺めることも出来る。
その口から飛び出すのは遠回しながらも辛辣な暴言ばかりかと思えば、そこにとても分かりづらい優しさが混じっていたりする。
話せば話すほど理解出来るようで、理解出来ないところが増えていく気もする。
そんな、人だった。

匡さんは彼を気難しい奴と称し、天霧様は彼を呆れた人ですと笑ったけれど。
もちろんそこに、深い尊敬や信頼が含まれているのは知っている。
そして私は、この人を、もっともっと知りたいと思うのだ。


不意に、昼間の姫様の言葉を思い出した。

ま、私はどうして貴女が風間なんて好きになったのか、全然理解出来ないんだけどね。

と、そう言っていた。
姫様は風間様とは反りが合わないらしい。
なんとなく、分かる気がする。

どうして好きになったのか、か。
しかし考えてみても、はっきりとした答えは得られなかった。
自然と少しずつ、自分でも気づかぬうちに、惹かれていた。
いつの間にか、こんなに大きな存在になっていた。
この先も共に生きたいと、思うほどに。


「何を笑っている」

不意に私の思考を遮ったのは、怪訝そうな風間様の声だった。
顔に出てしまっていたかと、慌てて頬を押さえる。

「いえ、すみません。少しばかり考え事を」

まさか貴方を好きになった理由を考えていました、なんて言えるはずもなく。
私はそう言って誤魔化そうとしたのだが、風間様はその返答がお気に召さなかったらしい。

「何を考えていた」

不機嫌な声で深く追及され、私は口籠る。
しかしこうなってしまった風間様は、本当のことを言わないと退いてくれないということも分かっていた。

「……貴方のことを、考えていました」

恥ずかしさに俯いたまま、そう答えた。
風間様は何を言うだろうかと身構える。
しかし待てど暮らせど一向に反応がないので恐る恐る顔を上げれば、そこには口元に手を当てて視線を逸らした風間様がいた。

「あの……?」

そんなに可笑しなことを言っただろうかと首を傾げれば、風間様は黙したまま銚子を掴んで中の酒を盃に注ぎ、それを一気に飲み干した。
いつの間にか空になっていたのだろう。

「あ……っ、申し訳ありません」

手酌をさせてしまったことを詫びれば、風間様は構わない、というように鼻を鳴らした。
理由はよく分からないが、どうやら機嫌は直ったらしい。



prev|next

[Back]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -