[43]信じた背中
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「少し、外に出てみるか」

姫様がじゃあねと明るく笑って出て行った後、私は自室で空になった金平糖の瓶をぼんやりと眺めていた。
するとそこに、風間様が訪ねてきた。

それが散歩の誘いだと気付いた私は、少し意外に思った。
いつも、散歩は朝餉の後だった。
しかし今はもう夕刻と呼ぶに相応しい時刻。
こんな時間に風間様と出掛けたことは、今までに一度もなかった。

今朝は、私がまだ外出をする気分ではないと思ってくれたのか、風間様は私を散歩に誘わなかった。
私自身は、もちろん一人で町に行けと言われればまだ怖いが、風間様と一緒ならば平気だと思っていたのだが、そう進言するのも憚られて何も言わなかった。
そのため、今朝は散歩に行かなかった。
しかしどうして、こんな時間になってから出掛けようと言うのだろう。

「まだ気が進まんのなら、構わない」

私の沈黙を拒否と捉えたのか、風間様はそう言って部屋を出て行こうとした。
その背に、私は慌てて声をかける。

「行きます!あの、連れて行って下さい」

そう言うと、肩越しに振り返った風間様が薄く笑った気がした。


風間様の半歩後ろを、着いて歩く。
もう間もなく日の入りなのか、辺りは茜色に染まっている。
風間様とはもう何度もこうして京の町を歩いたが、いつもと雰囲気が違うせいか、どことなく新鮮な気がした。

夕日に照らされた金の髪が、きらきらと輝いている。
まるであの簪のようで、私は少し歩調を緩め、風間様の後ろ姿に見惚れた。
思わずじっと見つめていると、その視線に気付いたのか風間様がゆっくりと振り返った。

「どうした」

赤い夕日が、風間様の横顔を照らし出す。
それがあまりに綺麗で、私は慌てて首を振った。

「可笑しな女だ」

風間様はそう言って鼻で笑ったが、そこに嫌味な響きは含まれていなかった。
むしろ、この状況を楽しんでいるような雰囲気さえあった。

「ナマエ、来い。離れるなよ」

風間様は最後にそう言って、前に向き直ると再び歩き出す。
意外な一言に呆気にとられた私は、一拍遅れてから慌ててその後を追った。


風間様が私を連れて行ってくれたのは、鴨川の畔だった。
川面に夕日が映り込み、辺り一帯が茜色に染まって美しい。

「綺麗……」

思わずそう呟けば、風間様が満足そうに笑んだ。
この景色を、私に見せようとしてくれたのだろうか。
そう思うと、胸がじわりとあたたかくなった。

「ありがとう、ございます」

隣に立つ風間様を見上げてそう言えば、やはり彼は鼻で笑った。
しかし、相手を馬鹿にするような笑い方ではなかった。
鼻で笑う、という行為一つとっても、少しずつ違いが分かるようになってきたことを嬉しく思う。

しばらく川縁に佇んで、沈みゆく夕日を眺めていた。
やがて風間様が、帰るかと私を促した。
先ほどまでよりも暗くなった道を、風間様を追って歩く。

その大きな背中に。
暗闇の中でも綺麗な金色に。
私は、この人と歩いて行こうと思った。


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