[38]この感情に付ける名を
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「……自分の命を粗末に扱うな。迂闊な行動は控えろ。お前だけの身体ではない」

しばらくしてから、風間様はそう言った。
先ほどまでよりも、幾分か落ち着いた口調だった。

「はい……」

返す言葉もなかった。
遅い時刻に町に出掛け、周りに気を配ることも忘れて人通りの少ない道を選んだ。
非は私にある。
そんな私を、風間様は探してくれた。
あの時風間様が見つけてくれなければ、どんな目に遭っていたかなど言うまでもない。

「申し訳、ありませんでした」

お前だけの身体ではない。
その言葉が、心に重くのしかかった。
そうだ。
私はこの人のお子を産むために存在しているのだ。
下手に怪我をしたり、はたまた穢されたり、そんなことになっては役目が果たせなくなってしまう。

「二度と一人で外には出ないようにしろ。いいな」

風間様に念を押され、私は頷く。
それを見届けた風間様は、ゆっくりと立ち上がった。

「何か、精のつくものを用意させる。お前はもうしばらく休んでいろ」

そう言って、部屋を出て行こうとする。

「あの……っ、」

その背中を見送る時、なぜか言いようのない寂しさを覚えて私は思わず風間様を呼び止めてしまった。
振り返った風間様が、視線で何だと問うてくる。

「あ……いえ、失礼しました……」

しかし咄嗟に何を言えば良いのか分からず、私は口籠った末に首を振った。
しかし、そのまま出て行くと思われた風間様はなぜか私を振り返ったまま。
気まずい沈黙が流れ、そして。
ゆっくりと風間様が口を開いた。

「先刻の話だが、」

唐突な切り出しに、風間様を見上げれば。
風間様は感情の読めない顔で私を見下ろしていた。

「俺は、己の失態に憤っているのだ」

そう言って、風間様は今度こそ部屋を出て行った。
静かになった寝所の中、私は風間様の言葉を反芻する。
風間様の失態、一体何のことだろうか。
彼に何の落ち度があったというのだろう。
風間様は私を、確かに助けてくれた。

あの時、絶望した私の前に突如現れた風間様を思い出す。
何度も何度も、無駄だと分かっていても名を呼んだ。
呼ばずにはいられなかった。
名前以外は口に出来なかったけれど、確かに私は風間様を求めた。
気付いてほしい、と。
助けてほしい、と。
そして、申し訳ない、と。
風間様以外の誰かに身体を許すことを、心の底から詫びた。

あの輝かしい金を思い浮かべた、その時。
ついに私は、この感情の正体を認めざるを得なくなった。


私は、あのひとのことが好きだ、と。



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