[34]たった一人の戦い※流血表現あり鬼とは総じて、気配を読むことに長けている。
私自身、一人身を隠して生活していた時期が長かったせいもあって、周囲を警戒する術は良く知っているはずだった。
だが、今日に限っては油断していたとしか言いようがない。
「大人しくすりゃあ命は取らねえぜ」
ぐるりと周囲を取り囲む男の人は、全部で五人。
最近は京の治安もだいぶ良くなっていたはずだが、まだこういった人たちは多く残っていたのだ。
どの人も当然左腰に刀を差しており、恰幅がいい。
私とてある程度の護身術を身につけてはいるが、今は丸腰だ。
そもそも刀を持っていたとて、男の人を五人も相手取って戦えるような腕前ではない。
迂闊だったと後悔しても時すでに遅し。
私は唇を噛み締めた。
この人たちの目的は何だ。
憂さ晴らしか、身売りか、それとも女の身体か。
じりじりと狭められる輪の中心で、私は恐怖に震える身体を抑え込もうと拳を握りしめる。
そんな私の口を、男の一人が大きな手で塞ぐ。
と同時に、あっさりと私の身体を肩に担ぎ上げた。
大通りから離れた裏道。
日の入りが近いこともあってか、辺りには人っ子一人歩いていない。
私は誰に気付かれることもなく、その男たちに攫われた。
連れて行かれたのは、一見ただの古ぼけた民家だった。
しかし家の中に生活感はなく、だだっ広い板の間があるだけだ。
男は私を床の上に放り出した。
強かに打ち付けた背中の痛みに耐えながら上体を起こせば、戸口を背にした男たちが見下ろしてくる。
そこに浮かべられたニヤニヤとした下劣な笑いに、私は彼らの目的を察した。
「おいおい、良く見てみりゃあ随分と上物じゃねえか?」
「ああ、これはいい拾い物をしたな」
「よう女。じっくり楽しませてくれよな」
そう言って、男の一人が脇差を抜いた。
脅しのつもりだろうか、首筋に刃を当てられる。
そのまま、す、と刀が引かれ、首筋にぴりっとした痛みを感じた。
まずい、と思った。
怪我をすることが、ではない。
むしろその反対だ。
「お、おい、どういうことだこれは!」
「馬鹿な……!傷が、消えただと?!」
鬼の力が、今ばかりは恨めしい。
私からは見えないが、付けられた刀傷は一瞬で消えたのだろう。
「……面白い」
男の口調に、狂気が滲んだ。
振り上げられた刀。
迫る白刃。
「っ、!」
右肩を激しく斬りつけられた。
いくら傷が一瞬で治るとは言え、斬られる瞬間の痛みまでは消えない。
「へっ、化物が!」
男たちが次々に刀を抜き、私を滅多刺しにする。
何度も傷がつき、血が噴き上げ、そして傷が消えてはまた斬られる。
私は床の上に倒れ込み、痛みに悲鳴を上げ続けた。
普通の人間であれば、もうとっくに死んでいる。
しかし、私は死ねない。
死ねない痛みは、拷問に他ならない。
どのくらいの時間が、経っただろうか。
息も絶え絶えになった私に斬りかかる刀の嵐が、ふと途絶えた。
そして急に前髪を掴まれ、引っ張り起こされる。
「いい格好だなあ、おい」
そう言われ、ゆっくりと自分の身体を見下ろせば。
それはもう酷い有り様だった。
身体の傷は、鬼の力で癒える。
だが当然、身にまとっている着物までは直してくれないのだ。
何度も斬られた着物は襦袢までことごとく切り刻まれ、既に衣服としての役割を果たしていない。
血にまみれた生地はぼろぼろで、あちこちから素肌が覗いていた。
「おい、このままやっちまうか?」
「もうちょっと遊ばせてもらわねえとなあ」
下品な笑い声が降ってくる。
私はその意味を理解し、思わず身体を引き摺って後ろに逃げようとした。
だが、そんなものは抵抗のうちにも入らない。
一番近くにいた男が、もう殆ど用を成していない私の着物を引き千切った。
「……いや…ぁ、や、だ……っ」
誰にも見せたことのない身体を、誰とも知らない男の前に晒している。
いまから何が行われるのか、分からなような馬鹿ではない。
誰にもまだ、許したことのないその行為。
初めてを捧げる相手が、まさかこんな男だなんて。
「……か、ざま…さま……っ」
男の手が私に触れたその瞬間、私が思わず呼んだのは、あの人の名だった。
脳裏に浮かぶ、風間様の姿。
輝くような金の髪と、美しい紅の双眸。
お前にやる、と簪を差し出してくれた、あの優しい人を思い出す。
涙が零れた。
どれだけ痛くてもよかった。
痛みならば耐えられた。
でもこれは。
これには、耐えられそうにない。
こんな、こんな男に、自分を差し出すなんて。
そんなことをしてしまったら、あの美しく高貴な人の元には戻れない。
二度と、あの人に合わす顔がなくなってしまう。
それなら、いっそ。
男の刀を奪って、心の臓を貫いてしまいたい。
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