[33]夕闇の彼方より
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風間様に頂いた簪を挿して町を歩く。

実際それを髪に挿している間は当然自分の目から見ることは叶わないのだが、風間様から頂いたものを身につけていると思うだけで気分は浮き立った。

だから、少し油断していたのかもしれない。


風間様から簪を頂いてから、幾日かが経ったある日の夕刻。
私は一人京の町を歩いていた。
風間様は昼過ぎから、天霧様と共に所用に出向いている。
その隙を見て、私は屋敷を抜け出した。

左右に立ち並ぶ店を眺めながら、ゆっくりと大通りを歩く。
私が風間様に知られないよう町に繰り出したのには、理由があった。
それは、この簪のお礼をしたかったのだ。
突然風間様が私に買い与えてくれた、私の欲しかった簪。
それなりの値打ちがする品であることは分かっていたし、そもそも値段など関係なく嬉しかった。
だから、何かお礼をしたいと思った。
しかし同じように身につける品を、しかも風間様に相応しいほどの物を買うようなお金はない。
どうしようかと悩んだ私が思いついたのは、手料理を振る舞ってはどうか、というものだった。

いつだったか、屋敷の料理人が体調を崩した際に私が代わりに作った昼餉。
風間様は美味いとも不味いとも口にしなかったが、私に夕餉も作れと仰った。
あれはきっと、それなりに私の料理を気に入って下さったということだったのだろう。
ならば、もう一度召し上がって頂いてもいいかもしれない。
そう思った。
贅沢暮らしとは言わないが、風間様は頭領なのだ。
お金で張り合うなんて馬鹿げている。
それならば、自分にしか出来ないことをしようと思った。

しかし、料理人の仕事を客人扱いの私が簡単に奪うわけにもいかない。
また体調を崩したとあれば話は別だが、そうではないのに勝手場に押し入って食事を作らせて欲しいとは言いづらい。
そう思った私は、食事ではなく晩酌の際の肴を作ることにした。
これならば、使用人に迷惑をかけることもないだろう。

そんな経緯で私は今、肴を何にしようか考えながら町を歩いている。
酒の肴といえば、干物か漬物か。
しかしそれでは私の手を加える必要がないから、今回の趣旨にはそぐわない。
それよりも、豆腐料理などの方がいいかもしれない。

風間様は、喜んでくれるだろうか。
美味いと褒められることはないにしても、目を細めて薄く笑みを浮かべるくらいはしてくれるだろうか。

そんな風に今晩に想いを馳せながら、足取り軽く大通りを外れて裏道の豆腐屋に向かっていた。
髪に挿した簪のことも相まって、私は上機嫌だった。

その隙を、つかれたのだと思う。


「おいそこの女!ちょっと付き合ってもらおうか!」

気がついた時には、周囲をぐるりと浪士風の男に囲まれていた。


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