赤い弧線[2]
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「申し訳ありません」

下手な言い訳をしてボロを出すのは得策ではない。
俺はただ頭を下げた。

「いや、お前が謝ることじゃねえだろ。なんだ、あいつに無理難題でも押し付けられたか」

あいつ。
その親しげな呼び方に、じくりと胸が痛んだ。
だがそんなことを気にしている場合ではない。
俺は先刻、この敬愛すべき上司の恋人とデートの約束をし、さらには口づけまでしてしまったのだから。
ここは何とか切り抜けなければならない。

「いえ、そのようなことは」
「そうか?一体何の話だったんだ」

じっと見つめてくる紫紺の双眸を、俺もまた真っ直ぐに見返す。
彼は、どの立場に立ってその質問をしたのだろうか。
上司として、他部署の人間が自分の部下に何を言ったのかが気になるのか。
それとも恋人として、彼女が他の男と何を話したのかが気になるのか。
どちらにせよ、決して面白くはない状況だろう。

「…詳しくは、仕事上がりに話したいとのことでした」

どこまで報告すべきか迷った。
二人で会うことは黙っておいた方が良いのかもしれない、とも考えた。
しかし彼女は、オフィスまで俺を迎えに行くと言ったのだ。
迎えに来た彼女と土方部長が鉢合わせした時のことを考えると、先に言っておくべきだという結論に達した。

「そうか」

俺は、これ以上突っ込まれてはまずいと身構えていたが、土方部長はそう言って話を切り上げたので安堵した。
しかしデスクに戻りながら、俺はこの状況の異常さを改めて実感していた。

元来俺は、異性との交際を気軽に楽しむような性質ではない。
世の中にはまるでゲーム感覚のように付き合っては別れてを繰り返す人間が多くいることは知っていたし、交際せずとも口づけや性交といった行為を楽しむ人間がいることも分かっていた。
それがお互いに合意の上での行為ならば、もちろん他人が口出しすべきことではない。
だが俺自身はそうではなかったし、男女問わず、そう言った性質の人間を良く思ってはいなかった。
同僚の新八や左之などは女遊びに余念がなく、そんな彼らの無節操さにはいつも辟易していた。

そんな俺が、だ。
なぜかいま、まさにその苦手と感じていたはずの性質を持つ彼女に、どうしようもないほど惹かれている。
しかも相手は土方部長の恋人ときた。
俺は浮気や不倫といった不誠実な行為には断固反対の立場を貫いていたはずなのにも拘らず、まさにその浮気相手に自らなろうとしている。
そしてあわよくば、土方部長から彼女を奪えやしないだろうか、とまで考えている。
これはどうしたことか。

腕時計が17時を過ぎてもなお、俺は己の神経が理解出来ずに溜息ばかりを漏らしていた。


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