赤い弧線[1]
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16時57分。

俺は腕時計の針が刻む時間を確認して、先程見た時から1分しか経っていないことに溜息を吐いた。

定時まであと3分。
頭の中を埋め尽くしているのは、何時間か前に聞いた彼女の言葉。
上がったら迎えに行くね、というあの一言だった。

上がったら、とは、正確には何時のことなのか。
俺は聞かされていない。
だがとにかく待たせてはいけないだろうと、定時である17時前に全ての仕事を片付けた。
ついでにデスクの上も片付け帰り支度を整えた俺は、遅々としてしか進まない時間に焦れている。
そもそも彼女が17時丁度に来るかどうかも分からないのだが、それでも17時の訪れを今か今かと待ち望んでいる。
デスクに仕事一つ広げず、1分毎に腕時計を確認する俺は、端から見ればかなり滑稽だったことだろう。

残念、タイムリミットね。
あの後、彼女はそう言って会議室を出て行った。
残された俺は呆然としながら、とりあえず何とかオフィスに戻った。
その後のことは、正直あまりよく覚えていない。
昼に食べた社食の献立も、午後一番で取り掛かった案件も、かなりあやふやな記憶しかない。
俺が唯一鮮明に覚えているのは、土方部長との会話だけだった。


「遅かったな、斎藤」

あと5分。
そんな台詞と共に触れた唇。
彼女は宣言通り、その5分間俺を離さなかった。
浅く、深く。
角度を変えては、何度も重ねられた唇。
二人きりの会議室に響く、濡れた音。
気がおかしくなりそうなほど濃厚な口づけと苦い香りに、俺は眩暈を起こす寸前だった。
最初は驚いて受け身だった俺も、彼女の舌が口内に差し入れられてからは一心不乱に己の舌を絡めた。
唾液が混ざり、匂いが溶ける。

限りなく劣情を煽られた5分間は、やがて彼女が唇を離したことで終わりを迎えた。
タイムリミットと言い残して、彼女が会議室を出て行く姿を、俺は呆然と見送った。
しばらく動けなかった。
身体中は火照っているし、はしたなくも下半身が僅かに反応してしまっていた。
まさか平然とオフィスに戻って仕事を出来る状態ではない。
さらに15分かけて俺は自身の熱を冷まし、ようやく会議室を後にした。

オフィスに戻る道すがら、俺は半分夢見心地だった。
もう一度会いたいと思っていた彼女に会って、話すことが出来た。
しかも、仕事上がりのデートに誘われた。
そしてあの熱烈な口づけ。
心の奥底で密かに期待していた以上の展開に、俺は舞い上がっていた。

しかし。

オフィスに戻った途端掛けられた土方部長の声に、俺の背筋を冷や汗が滑り落ちた。


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