誤解と誤想の協奏曲[6]
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「は、はい」

慌てて口の中の大根を飲み込んで頷けば、斎藤さんは気まずげに視線を彷徨わせた。

「その、だな。こんな時に、付け込むような真似をするのは卑怯だと、分かってはいるのだが」

よく、意味の分からない前置き。
途中で口を挟むべきではないかと、私は黙って続きを待つ。
だが斎藤さんは言葉を探しているのか躊躇っているのか、なかなか続きを話そうとしない。
それでも私が黙っていると、ようやく何かを決心した様子で、斎藤さんは私を真っ直ぐに見つめた。

「あんたが土方さんを想っているということは、よく分かっている。だが、俺も同じように、あんたのことを想っている。それだけは、知っておいてほしい」

これは、あれだ。
本日三度目の爆弾だ。
茫然自失とはまさにこのことだ。

「正直、あんたが土方さんに傷つけられるのは見るに堪えない。だが、せめて泣く時は、俺の元に来てくれると、その…嬉しい」

斎藤さんはそう言って、目元を優しく緩めた。
慈しむような、穏やかな色だった。
だが問題は、そんなことではない。

「あ、の…ですね。意味が、全く、分からないのですが」

落ち着け。
落ち着け、私。
心の中で唱えるこの台詞は、今日何回目だろうか。

「私が、土方さんを想ってるって、どういうことですか?」
「…そのままの意味だろう。あんたは土方さんを好いている、諦めないと、先刻あんた自身が言ったばかりではないか」
「は?え、いや、言ってませんよそんなこと」
「これからも頑張ると、言ったではないか」
「いや、それは仕事の話じゃないですか!」

おかしい。
何かがおかしい。
話が全く噛み合っていない気がする。

「仕事?いや、そうではない。そもそも、土方さんに想いを告げて上手くいかなかったから落ち込んでいたのだろう」
「…はい?」
「だから、その、せめて泣く時は、俺ならいつでも話を聞いてやれる故、」

もう、駄目だ、これは。

「私っ、土方さんに告白なんてしてませんっ!」

そう思った私は、思わず叫んでいた。
目の前で、斎藤さんがぽかんと口を開けて私を見ている。
そんな顔もするのか、レアだ、とかそういう問題ではない。

「なんでそんな話になったんですか。私、別に土方さんのことなんて好きじゃないんですけど」
「…待て、どういうことだ。あんたは、その、失恋したから髪を切った、と」
「はああああ?誰がそんなこと言ったんですか?」
「総司、だが」

挙がった名前に、思わず脱力した。
あの人は私の散髪にどんな脚色を加えたんだ。

「も、それ、嘘です。これはただ、大学時代の先輩が美容師をしてて、カットモデルをやらないかって誘ってくれたから切ってもらっただけで」

なんとなく毛先を弄りながら、そう説明した。
その後の斎藤さんの表情は、それはもう神業のような速さで切り替わった。
私の言葉に唖然とし、次いで安堵したような表情になり、そして真っ青になったかと思えば真っ赤になった。



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