誤解と誤想の協奏曲[5]私が、強い?
急な話題転換について行けずに首を傾げると、斎藤さんは困ったような顔をした。
「俺は、あんたを元気付けるつもりでここに誘ったのだが。俺の方が楽しませてもらうことになってしまった」
「…えっと、土方さんのことだったら、私別に気にしてませんよ」
斎藤さんは叱られた私を慰めようとしてくれたらしいが、正直私はさほど気にしていない。
むしろこの場が楽しくて、今の今まで昼間土方さんに叱られた一件なんて忘れていた。
「無理をすることはない。落ち込んだ時に我慢をして笑うと良くない」
しかし斎藤さんは、一体どうしてそこまで気にしてくれるのか。
なおも私を気遣おうとしてくれる。
平気なのに、斎藤さんには私が落ち込んでいるように見えるのだろうか。
「ありがとうございます。でも、私本当に大丈夫ですから。あんなの、良くあることですし」
そう説明すると、斎藤さんは急に険しい顔をした。
その整った眉が、きゅっと寄せられる。
「良くあること、だと?」
その声までもがどこか怒っているように感じられ、私はたじろいだ。
私の台詞のどこにエラーがあったのか、さっぱり分からない。
「え、はい。だってほら、土方さんはああいう人じゃないですか。もう慣れたっていうか」
土方さんは、別に悪い人ではない。
仕事は出来るし、部下のことも良く見ている。
ちょっと短気で怒りっぽいところが玉に瑕ではあるが、私は尊敬している。
しかし斎藤さんは何を思ったのか、酷く剣呑な雰囲気で顔を顰めた。
「まさかあんたがそこまで…そうか」
そして、ぼそぼそと何かを呟いた。
どうしたのだろうか。
「あの、本当に大丈夫ですよ。私、これからも頑張りますから」
やたらと心配してくれる斎藤さんを安心させようと思ってそう言ったら、なぜか斎藤さんは突然悲しげな表情を浮かべた。
深い藍色に見つめられ、急に鼓動が速まる。
「そう…か。諦めないつもりか」
「え?はい、そんな、こんなことでは辞めれませんから」
「そうか、そうだな。あんたの言う通りだ。俺も同じだ」
そう言って、斎藤さんは苦笑した。
怒ったような顔をしたり、悲しそうな顔をしたり。
なんだか忙しそうだ。
普段は表情の薄い斎藤さんの、色々な顔を見ることが出来て新鮮だった。
「だが、きついものはきついだろう」
その労わるような口調に、私もつられて苦笑する。
どうしてここまで気を遣ってくれるのかは分からないが、嬉しくないはずはなかった。
「それは、まあ。でも、大丈夫ですよ」
さすがに、そんなのお酒を飲んで寝れば忘れます、なんて女性らしさの欠片もない台詞は飲み込んだ。
今さら女子力なんて気にしても無駄な気はするが、開き直るにはまだ早い。
そんなことを考えながら、皿に一切れ残っていた大根の煮物を口に運ぶ。
それを咀嚼していると、突然斎藤さんがグラスに残っていた焼酎を一気に呷った。
そして。
「ミョウジ、話がある。聞いてもらえるか」
そう、言った。
今までもずっと話してましたが、とは言えない雰囲気に思わず固まった。
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