誤解と誤想の協奏曲[4]
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連れて行かれたのは、落ち着いた雰囲気の居酒屋だった。
どの席も半個室のような造りになっていて、周囲が気にならないのがありがたい。
何と言っても、斎藤さんは超絶イケメンなのだ。
その連れが私みたいな至って普通の女だなんて、ちょっと申し訳ない気になってくる。

「好きなだけ飲むといい」

そう言って差し出されたドリンクのメニュー。
私が酒飲みだと知っているかのような口調に、少し泣きたくなった。
斎藤さんの中で、私はどんなイメージなのだろう。
しかも間違っていないところが悲しい。

「…生を、」

ここは可愛くカシスオレンジ、とか言ってみようと思っていたが、諦めよう。
どうやら今さら取り繕っても遅いらしい。
どうしてだろう。
会社の飲み会ではあまり飲まないようにしていたはずなのに。

「生ビールを二つ頼む」

斎藤さんの低く静かな声を聞きながら、私はおしぼりに手を伸ばした。
イケメンというのは凄い。
居酒屋でビールを注文する姿さえ格好良いのだから。
注文を取りに来た店員のお姉さんなんて、明らかに目がハートだ。
そして、ちらりと私を見る目は鋭い。
早くも、このシチュエーションに居心地の悪さを感じ始めていた。

しかしいざ飲み食いを始めてみると、思っていたよりも会話が弾んだ。
正確に言うと、その七割は私の話で斎藤さんは相槌を打ってくれているだけなのだが、それでも雰囲気は良いと思う。
斎藤さんも目元を緩めて楽しそうにしている。
揚げ出し豆腐を美味しそうに頬張る姿は、会社で見ていたクールなイメージを覆すほど可愛らしかった。
生真面目一辺倒な人かと思っていたが、意外と妙に抜けているところがあったりして面白い。

「斎藤さんて、意外と普通の人だったんですね」
「それは、どういう意味だ。あんたは、俺が普通ではないと思っていたのか」
「いや、私だけに限らず、多くの人は斎藤さんのこと普通じゃないと思ってますよ」

そう言えば、斎藤さんは困ったように眉を寄せる。
どうやら自分の魅力だとかそういうものに無頓着な人らしい。

「仕事が出来て、格好良くて。なんか、完璧だなあって思ってたんですけど」
「か、格好、良い…」
「でも意外とお茶目っていうか、抜けてるところもあるっていうか。あ、すみません。変な意味じゃないですからね?」

馬鹿にしているとか、そういうつもりはない。
ただ、なんとなく、嬉しかった。

「斎藤さんがこんな風に私の話で笑ったりしてくれるなんて、意外で。嬉しかったんです」
「…そ、そうか」

ありのままを伝えれば、斎藤さんはどこか照れくさそうに視線を泳がせた。
さすがに抜けてる、なんて言ったのはまずかっただろうか。
ちょっと失言だったかと後悔していると、不意に斎藤さんが真面目な顔つきになった。

「どうか、しましたか?」

深い藍色が真っ直ぐに見つめてくる。
その視線に戸惑っていると、斎藤さんは少し言い淀んでから、ゆっくりとこう言った。

「あんたは、強いのだな」



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