誤解と誤想の協奏曲[2]髪型を変えただけで随分と調子のいい話だが、なぜか仕事までもが順調に片付き、定時を少し回った頃にはすっかりデスクが綺麗になった。
これは早いとこ帰るに限る。
気分もいいし、コンビニでビールを買って帰ろうか。
あの新発売のお菓子、気になってたんだよ、あれも一緒に買おう。
そんなことを考えながらパソコンの電源を落としていると、不意に隣に人の気配。
「ミョウジ」
降ってきた声に、驚いて顔を上げれば。
そこには、この会社で上位三番に間違いなく食い込むイケメンが立っていた。
「さ、斎藤さんっ」
思わず吃ってしまったのも、無理はないと思う。
確かに同じ部署だから仕事の話をすることはあるのだが、何にせよ顔立ちが整いすぎているのだ。
私の友人たちは皆、目の保養だ何だと騒いでいるが、私からしてみるとちょっと心臓に悪いほどのイケメンだ。
そんな人に突然呼ばれれば、それは心臓だって煩くもなる。
「ど、どうかしましたか?」
落ち着け、私。
心の中でそう唱えながら、斎藤さんの美貌を見上げる。
見るからに滑らかな肌だ、羨ましすぎるぜ。
しかも睫毛長いんだな。
切れ長の眼も、とても綺麗な青色で、
「その…だな。もし、この後予定がないのであれば、飲みに、行かないか」
無意識のうちに斎藤さん観察を行っていた私の意識は、突然の提案に一瞬で混乱をきたした。
爆弾でも落とされたような心境だ。
「…え?誰とですか?」
我ながら、間抜けな質問だったとは思う。
「…俺と、だ」
しかし斎藤さんは、私の馬鹿さ加減に呆れたのか視線を逸らしつつも、律儀にそう答えてくれた。
「えっと、あの、今日って何か飲み会でしたっけ?」
特にお誘いは受けていない。
飲み会には欠かさずに参加するはずの酒好きな友人だって、今日はもう退社してしまっている。
不思議に思って首を傾げた私に、本日二発目の爆弾が落ちてきた。
「俺と二人で、だが。嫌だろうか」
なんでなんでなんで!
どうなってるんだこの展開は。
どうして私なんかが、真面目で仕事が出来て恐ろしくイケメンの斎藤さんからサシ飲みに誘われているのだ。
何かがおかしい。
今朝の星座占いは見逃したが、間違いなく一位だったはずだ。
こんなところで運を使い切ってどうするんだ私。
「す、すまん。無理強いするつもりはない」
呆然として固まった私が何も言わないことをどう勘違いしたのか、斎藤さんが慌てた様子でそう付け加える。
「ただ、落ち込んだ時は誰かと酒を飲んで話すと、少しは気が紛れるのではないかと思ったのだ」
その、妙に言い訳がましい口調で伝えられた説明に、私は首を傾げた。
落ち込んだ時、とはどういうことだろう。
私はいま、特に落ち込んでいるつもりはない。
むしろテンションは、上がっているのかどうかも分からないほど大暴れしている。
「落ち込んだ時、ですか?」
意味が分からず鸚鵡返しに尋ねると、斎藤さんは気遣うような表情になって。
小さな声でこう言った。
「その…土方さんのことだ」
土方さん。
突然登場した名前に、私は上手く働かない頭を必死で回転させて、彼の言わんとしていることを考えようとした。
そして思い当たったのは、今日の昼間の一件だ。
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