誤解と誤想の協奏曲[1]
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「よし。目、開けていいぞ」

思ったよりも至近距離から聞こえてきた低音にドギマギしつつ、そっと瞼を上げた。
時計を見ていないから正確には分からないが、恐らく一時間くらいは目を閉じていたせいか、店内の照明に目が眩んだ。
何度か目を瞬かせて、ようやくクリアになった視界。
目の前の大きな鏡に、見慣れない自分の姿が大きく写し出されていた。

「わ…みじか、い…」

思わず口から漏れたのは、とても素直な感想。
鏡に写った私の隣、左之さんがニヤリと笑った。

「どうだ?たまには短いのも悪くないだろ。ショートボブってところだな」

顎の下を擽る毛先が、慣れなくてこそばゆい。
思わず足元を見れば、女装用のかつらが数個作れそうなほどの毛の山があった。

自分ではないみたいな姿に、思わず照れ臭くなる。
だが、どうなってしまうのかと不安に思っていた私は、もういなかった。

「気に入ったみてえだな」

私の表情から察したのだろう。
左之さんは嬉しそうに笑った。

預けていたバッグを受け取って中から財布を取り出すと、左之さんは首を振ってそれを制した。

「言っただろ、カットモデルだって」
「…そうだけど、でも、」

確かに、俺の好きなように切るから代わりに料金は支払わなくていい、とは言われていた。
でも、やっぱりなんだか申し訳ない気がして言い淀む。

「その代わりにこれ。また来てくれ」

そう言って差し出されたのは、この店のメンバーズカード。
私は笑顔で頷いて、まるで新しい自分にでもなったような気分で店を後にした。

大学時代の先輩に誘われて受けた、カットモデルの話。
それがこの後、予想もしていなかったようなとんでもない事態を引き起こす鍵になるなんて、この時の私はまだ何も知らなかった。


「わ!ナマエ、どうしたのその髪!」

月曜日、出社するなり友人が素っ頓狂な声を上げた。
無理もない。
入社以来ずっとロングだった髪が、突然ショートボブになったのだ。

「なになに、失恋?」

失礼なことを言う友人を睨み付ける反面、少しの擽ったさも感じていた。
確かに突然短くしてしまった分寂しさみたいなものも感じたが、それよりも私はこの新しい髪型を気に入っていた。
なんとなく、今までよりもアクティブな自分になれた気がするのだ。

「うん、でもいいね。似合ってる」
「ありがと」

そう言って、すっかり短くなった髪の毛先を少し弄った。


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