君が笑っているならば[5]
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俺はキッチンで二人分のコーヒーを用意し、片方をダイニングテーブルに置いた。

「すまねえな」
「いえ」

土方さんがマグカップを手に取る。
俺もカップを片手に、その向かいに腰を下ろした。

「ナマエがご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」
「いや、構わねえさ。誘ったのは俺だしな」
「…そう、なのですか?」
「そりゃお前、あんな泣きそうな顔されてみろ。流石に話くらい聞いてやらねえと可哀想だろうが」
「っ、それは、どういう…」

土方さんの言葉に狼狽える。
泣きそうな、とはどういうことだ。
何かあったのか。

「おいおい斎藤、察してやれよ。あいつは、お前と例のクライアントの女のことを気にしてるみてえだったぜ?」

土方さんの言葉に、驚いて言葉を失くした。
ナマエが、あの女性とのことを気にしていた?
そんなはずはない。
その件で総司や平助が俺を揶揄しているところを見ても、ずっと笑っていたのに。

「お前に限ってそんなことがないのは分かってるがな。あんまりあいつを不安にさせんじゃねえよ」

土方さんにそう窘められる。
しかし、そうは言われてもどうすればいいのか。
仕事である以上、俺の都合で担当を代わってもらうわけにもいくまい。

「しかし、この件に私情を挟むわけにはいきません。仕事に支障をきたすことはしないと、お約束したはずです」

そう答えると、不意に土方さんの顔に挑発的な笑みが過ぎった。

「ほお、随分と余裕だな斎藤」

珍しく高圧的な物言いに驚いて土方さんを見つめると、彼はぐっと身体を背凭れに預けた。

「確かに俺は、公私の区別に注意しろとは言ったがな。だがお前、そうやって俺の言うことを何でも聞くつもりか?」
「それは…どういう、意味ですか」

言うことを聞くも何も、土方さんの仰ったことは正論だ。
反論の余地などないし、俺自身もそうすべきだと思っている。
そもそも俺は、土方さんを心から尊敬している。
この人に、逆らうはずがないのに。

「じゃあなんだお前。俺が、あいつを俺にくれって言やあ、くれんのか」
「な…っ、」

絶句して、目の前で唇の端を歪めた土方さんを見た。
なんだと。
それはどういうことだ。
やはりこの人は、ナマエを想っているのか。

「どうなんだ、斎藤」

まるで、仕事の仕上がり具合を確認するかのような口調で土方さんが問う。
俺の脳裏に、先ほど土方さんに抱えられて帰ってきたナマエの姿が浮かんだ。

今まで、ナマエが俺と飲んで、あんな風に酔っ払って寝たことなど一度もなかった。
あんな無防備な姿を俺に見せてくれたことはなかった。
それなのに、土方さんの前では見せるのか。
土方さんには、気を許すのか。
土方さんの方が、いいのか。

だが、たとえそうであったとしても。

「…渡せません」

譲れないものが、ある。

「俺は土方さんを、心から尊敬しています。貴方のために働くことも苦ではありません」

テーブルの下、両手をきつく握り締める。
俺が土方さんに、否と答えるのは初めてかもしれない。

「ですが…ナマエだけは、譲れません」



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