君が笑っているならば[1]
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「どぉせー、斎藤さんはぁ、私のことなんてぇ、どーでもいいと思ってるんですよお」

聞いてますかぁ、土方さん、と。


金曜日、時刻は21時を回ったところだった。
程よく賑わった居酒屋のテーブル席。
目の前で焼酎の入ったグラス片手に真っ赤な顔で管を巻くのは、まあそこそこ可愛がってやってる部下。

「分かったから、飲みすぎだ馬鹿」

もう何杯目かも分からないようなグラスを奪おうと手を伸ばせば、こいつはそれを阻止するように両手でグラスを抱きしめる。
飲みに行くかと誘ったのは確かに俺なんだが、ここまで酷い飲み方をされるとは思ってなかった。
こいつはきちんと自分の限界を認識して飲む奴だったはずなんだが、今夜は箍が外れたらしい。

まあ、無理もねえ、か。

「今日は好きなだけ飲んでいいってえ、土方さんが言ったんじゃないですかあ」

そりゃお前が、この世の終わりみたいに悲壮な顔をしてやがったからだろうが。

普段のこいつは明るくて気が利き、少し抜けてるところはあるが仕事もまあ出来る方だ。
特別美人ってわけでもないが、愛嬌のある顔をしてやがる。
ところがここ数週間、いつもは無邪気なこいつがすっかり落ち込み気味だ。
原因なんて聞くまでもない。

斎藤だ。

ミョウジと同じく俺の部下である斎藤が今担当しているクライアントがそれはそれは美人な女だってのは、うちの部署じゃ有名な話だった。
どうやらそのクライアントの女は斎藤に気があるらしく、商談の後にプライベートな誘いを持ち掛けているらしい。
当然斎藤はその誘いを断っているらしいが、しかし公私の線引きとは難しいもんで、今夜は向こうの女に上手く押し切られたのか二人で食事に行っている。
あくまでも名目は仕事の話、なんだろうが、酒の二杯や三杯も入ればその場はいくらでもプライベートになり得る。

「どうせ斎藤さんはぁ、ぼんきゅっぼんな美人な人がいいんれすよぉ」

ぼんきゅっぼんってお前、今時そんな言い方をする奴がいるかよ。
くそ、しかもいよいよ呂律が可笑しくなってきちまった。
空席の斎藤のデスクを見て溜息を吐いたこいつを見兼ねて、飲みに誘った数時間前の俺を恨みたい。

俺から言わせてもらえば、なぜこいつがこんなに不安になるのか分からない。
斎藤はこいつにベタ惚れだ。
こいつらが付き合い始めた時、斎藤は俺にだけそのことを報告してきた。
そして、仕事には支障が出ないようにする、風紀が乱れることのないよう周りには交際を隠す、という二点を約束してきた。
別にこの会社は社内恋愛を禁じてるわけじゃない。
俺はそこまでする必要はないと言ったが、斎藤はけじめを付けるべきだと聞かなかった。
まあ、斎藤らしいっちゃあ斎藤らしいかと思った。
ミョウジも斎藤の決めたことに納得しているらしく、二人は会社ではただの同僚として振る舞っている。

が、今回はそれが裏目に出ているのかもしれない。
二人の交際を知らない奴らが、しきりに斎藤にクライアントの女の話をするのだ。
付き合っちまえだの、どこまでいってるのかだの。
そんなことを平気でミョウジの前で話す。
勿論悪気はないのだろうが、ミョウジとしてはなかなかにつらいものがあるのかもしれない。
斎藤が上手くフォローしてやればミョウジがここまで落ち込むこともなかったのだろうが、如何せんあいつは口下手で不器用だ。
恐らくは、ミョウジがここまで気を揉んでいることにも気付いていないのだろう。

まあ、こいつも強情な奴だからな。
素直に不満をぶつければいいものを、一人で溜め込んでやがる。

「ちょっとお、聞いてますかあ土方さぁん」

間延びした舌足らずな声に、俺は深い溜息を吐き出した。


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