[33]ただ君だけに笑っていてほしいから長い、沈黙が落ちた。
そして、やがて静寂を破った声はナマエのものだった。
「…土方さんは、何も分かってないです」
腕の中で、ナマエがぽつりと呟いた。
その言葉に、反論の余地なく項垂れる。
その間にナマエは、俺の腕の中から逃げ出していた。
これで、何度目だろうか。
どれだけ抱きしめても、こうして零れ落ちていく。
その度に、俺では駄目なのだと思い知らされる。
悪かったと、そう言いかけた、その時だった。
「お酒も、サーフィンも、スキーも、いらないです。ただ、私はただ、土方さんとたくさん一緒にいたかっただけなのに…っ」
時間が、止まった気がした。
こいつは今、何と言った。
目の前で、泣き出しそうな顔をして見つめてくるナマエを、呆然と見返す。
「…だがお前、原田、は」
ようやくかろうじて二の句が継げるようになったと思ったら、随分とデリカシーのない単語が飛び出した。
「原田さん、は、大切な先輩ですっ。私が、わたし…、っ」
それ以上は、必要なかった。
「好きだ、ナマエ」
逃げ出したナマエをもう一度引き寄せて、きつく抱きしめる。
今度こそ、絶対に離してやるもんかと思った。
「お前が、好きで好きで堪んねえ…っ」
僅かの隙間もないほど、強く抱きしめた。
腕の中で震えた身体が、愛おしかった。
「ひ、じかたさ…、ごめん、なさい。別れるなんて、言って、ごめんなさい…っ」
しゃくり上げながら、ナマエが泣く。
こんな風に真っ直ぐに感情をぶつけてくるのは、初めてだった。
そんなこいつに、満たされた。
「もう離さねえぞ、ナマエ。覚悟はいいな」
柄じゃねえのは分かってる。
だが、感謝してる。
もう一度、俺を選んでくれたことを。
こんなどうしようもない俺を、見捨てずにいてくれたことを。
心から、感謝してる。
腕の中で何度も頷くナマエに、誓う。
この先何があっても、絶対にこの手は離さない。
俺が、あの笑顔を守ってやる。
約束しよう、ナマエ。
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