[34]夢の続き
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その翌日、俺は朝早くに出社した。
昨日一昨日の定時上がりで溜まった仕事を、片付けてしまいたかった。

やがて始業時間が近づき、ちらほらと社員がオフィスに出勤してくる。
いつも通り20分前にオフィスに入って来たナマエは、俺を見て小さく微笑んだ。
一昨日まではありえなかった、そんな些細な違いが柄にもなく照れくさい。

そして始業5分前に、原田が出勤してきた。
その頬は、遠目に見ても殴られた跡が痣になっているのが分かる。
周りの奴らがどうしたんだと心配する声を適当に苦笑で流しつつ、原田は自分のデスクへと近づいた。
そして、ナマエの姿を見て驚いたように立ち止まった。
そんな原田に、ナマエが向き合う。

ナマエは原田の左頬を見て、恐らく事情を察したのだろう。
他の奴らのように、その理由を尋ねはしなかった。
あれについてナマエに何か言われるとしたら、それは原田じゃなくて俺だろう。
謝る気は更々ないが、小言くらいは黙って聞こうと思う。

「ナマエ…」

原田の声は、普段のあいつからは想像も出来ないほど弱り切っていた。
無理もない。
だが、ナマエの切り返しは流石だった。

「おはようございます、原田さん」

極めていつも通りに。
ちゃんと笑って、そう言った。

「ナマエ、俺は…」
「原田さん。おはようございます」

原田がなおも何か言いかける。
だがナマエはそれを遮って、にっこりと笑ってみせた。
こういう時、強いのは男よりも女だ。
いや、ナマエだからこそ、こんなことが出来るのかもしれない。
あいつは全てをなかったことにして、水に流そうとしている。

原田はすっかり戸惑った顔で立ち尽くしていた。
そんな原田を、俺は見据える。
この男を、許すことが出来るか。
答えは否だ。
ナマエを傷つけたという事実を、俺は決して許せないだろう。
だが、当の本人であるナマエが必死で、この痛みを笑って流そうとしている。
だったら、俺がそれを助けることに、躊躇う理由はない。

「おい原田ァ」

オフィス全体に聞こえるように、声を張る。
そして、情けない面を晒している原田に向かって啖呵を切ってやった。

「てめえ、なに長々と見つめてやがる。それは俺の女だ、手ェ出すんじゃねえぞ!」

なあナマエ、お前は知らねえだろ。
俺がその瞬間、どんだけ気分が良かったか。

訳の分かんねえ奇声と共に、周りの奴らが唖然とした顔で俺を振り返った。
原田なんて目ん玉ひん剥いて、俺に阿呆面を晒しやがった。
そんで極め付けはお前だ、ナマエ。
普段のポーカーフェイスなんて見る影もなくして、真っ赤な顔で口をぱくぱくさせながら俺を見つめていた。
あまりにも無防備な顔に、思わず笑っちまった。

「分かったかおい」

今だに衝撃を受けたかのような顔をしている原田に詰め寄れば、やがて奴はその顔を歪めて苦笑した。

「分かったよ土方さん。俺もそんな命知らずじゃないさ」

良く言うぜ、とは思ったが、それは口に出さずにおいた。

「てめえらいつまで見てやがる!さっさと仕事にかかりやがれ!」

まるで俺が可笑しくなったとばかりに騒いでいた部下どもを一喝すれば、奴らは蜘蛛の子を散らすみたいにそれぞれのデスクに戻って行った。

「てめえもだナマエ!とっとと終わらせて帰んぞ!企画書、定時までに上げろよ」

ようやく顔の火照りを冷ましたらしいナマエに仕事を言いつければ、あちこちからやっぱり鬼だ、なんて声が聞こえてきたが、そんなもんは無視する。

「返事はどうした」

なあナマエ、こうしよう。

俺は今まで、全て俺が背負えばいいんだと思ってた。
だが、そうじゃなかった。
悪いがこれからは、お前にも半分引き受けてもらう。
死に物狂いで働きやがれ。
そんで、二人で一緒に帰ろう。
もしそれでも終わらなかったらそん時は、缶コーヒー片手に残業デートと洒落込もうや。

それで、いいだろ?

「はいっ!」

そうだ、その顔だ。
俺はずっと、お前のその笑った顔が見たかったんだ。




ミョウジナマエ。

仕事は速くて正確。
一言えば十を理解する。
その割りに余計なことは一切言わない。
自分の頭で考える力もあるし、機転も利く。
ついでに見た目も抜群ときた。

だが何よりも重要なのは。
こいつは俺の、唯一の女だってことだ。





理由なき愛の証
- それは、俺の中にいつまでもずっと -



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