[30]届かぬ想い
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「ナマエ、もう一度聞かせてくれ。…誰が、お前を、傷つけた」

濡れた髪に顔を隠すように俯いていたナマエが、俺の問いに首を振った。

「…違うんです、土方さん。そうじゃ、ない、の…」

否定の言葉が紡がれた、その瞬間。
俺は一つの可能性に行き着いた。

「原田、か」

その名前を出した途端、びくりと震えた身体。
疑惑は確信へと変わる。

そういう、ことか。
原田は、こいつを好きだったはずなのに。
トチ狂って、無理矢理手を出しやがったのか。

「ちが…っ、違う、の。ごめん、なさい」

こいつもすでに、冷静さなんて持ち合わせちゃいねえんだろう。
否定と謝罪を重ねれば重ねるほど、それが肯定に繋がると気付いていない。
ボロボロになって、それでも原田を庇おうと否定し続ける姿に、胸が締め付けられた。

「そんなに、原田が大事か」

無理矢理抱かれて、勝手にされて。
それでも庇うほど、あの男が好きか。

「そんなに、あの男がいいかよ…っ」

ナマエは、何も言わない。
言葉の代わりに、その眼からついに涙が一筋零れ落ちた。
俺がナマエの泣き顔を見たのは、それが初めてだった。

なぜ、届かないのだろう。
俺はこいつのことがこんなにも好きで、ずっと笑っていてほしいと思うのに。
こいつは原田のことが好きで、今その原田を思って泣いている。
目の前にいるナマエが、驚くほど遠かった。
もう、こいつを笑わせてやることが出来るのは、俺じゃないのかもしれない。
だが、そうだとしても。
俺はやっぱりこいつが好きで、何よりも大切だった。

「好きなだけ、泣いていい。だが、覚えておいてくんねえか」

膝立ちになり、ナマエを正面から抱きしめる。
怖がらせないように、そっと。
視界に入った赤黒い所有印に湧き上がったどす黒い感情を抑え込み、努めて優しく背中を撫でた。

「お前は何も、悪くねえ。そんで、俺は何があっても絶対に、お前の味方だ」



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