[28]ただ君のためだけに
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「大丈夫だナマエ、俺がいる」

事情も何もさっぱり分からないまま、俺はもう一度タクシーを拾ってナマエを自宅に連れ帰った。
その間ずっと、震える肩を抱いていた。

ナマエをリビングのソファに座らせ、俺はキッチンでインスタントのコーヒーを用意した。
自分の分は冷蔵庫の中の冷えた水で済ませたが、ナマエの様子を見る限り、こいつには温かい飲み物がいいと思った。

付き合っていた頃ナマエが愛用していたマグカップに、コーヒーを淹れて手渡す。
それを両手で受け取ったナマエは、消え入りそうな声で礼を言ってきた。
一体何が彼女をここまで憔悴させたのか一刻も早く知りたい気持ちはあったが、恐らく質問されること自体がつらいのだと理解した俺は、黙ってナマエの隣に腰を降ろし、その肩を抱き寄せた。

どれくらいの時間、そうしていたのかは分からない。
ナマエが時々コーヒーを飲む音しか聞こえなかった室内で、ナマエが小さく呟いた。

「シャワーを、借りてもいいですか?」

これが別のシチュエーションだったら、何かしらの期待をしただろう。
だが今は、どう考えてもそんな雰囲気ではない。

「ああ、好きに使っていい。着替えは前と同じ場所にある」

俺がそう答えると、ナマエは少し驚いたようだった。
無理もない。
別れた後、ナマエは俺の家にある自分の着替えや化粧品は全て捨ててくれと俺に頼んできた。
俺はそれに、分かったと答えた。
しかし実際は、3ヶ月以上経った今でも全てがあの頃と全く同じように残っている。
そんな俺を、お前は女々しいと笑うだろうか。

ナマエがシャワールームに消え、俺は一人残されたリビングで必死に考えた。
あいつに一体何があったのか。

今日は特に大きな案件もなく、オフィスは比較的平和な一日だった。
トラブルの報告も受けていない。
何か仕事関係で落ち込んでいるとは思えない。
そもそも、ナマエはこんな時間まで何をしていたのか。
今日は恐らく、そんなに残業をしなくても大丈夫だったはずだ。
仕事の後、どこかに行ったのだろうか。
原因はそこにあるのか。
しかし当然心当たりなどあるはずもない。
やはり、ナマエに聞いてみるしかなさそうだった。

シャワーの音が途切れ、ナマエがバスルームから出てきたのが分かる。
俺は微かな緊張感を覚え、深く息を吸い込んだ。
何と聞けばいいだろうか、さっぱり分からない。
つくづく俺は、こういうところで気が利かない。

「…そんなところも、駄目だったのかもしんねえな」

一人きりのリビングに、ぽつりと自嘲染みた声が落ちた。




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